こんにちは!
MAMEHICOエンターテイメント部の、セツオこと永井です。
先日、5/20(土)の「面白可笑ひこ」の打ち合わせをやりました。
台本を読んで「これは気が進まないなぁ…」と思いました。台本を作る過程で、出演者は、自分の生い立ちを事前に提出していて。それが色濃く反映された本でした。
この2年ほど、僕はMAMEHICOを中心にお芝居に関わってきて、お芝居を通して何度か「救われた気持ち」になったことがあります。
それは表に出すことが憚られる感情を、「他人を演じる」という口実で、人前に出せたこと。そのことによって、自分の感情が受け入れられた感じがするのです。
人は、場や人間関係、社会通念に合わせたコミュニケーションをします。
例えばどうしようもなく腹が立って職場で声を荒げてしまったとしたら。恥ずかしく思うとともに、二度とやるまいと誓います。不都合な感情が表に出てしまったときは「黒歴史」としてそっとなかったことにします。
でもなかったことにしても、実際はあるのです。
出したくないけれど、確かにある感情を、肯定してくれるのが演劇です。演劇は「他人を演じる」という意味ではフィクションですが、感情はドキュメントなのです。ぼくはこれまで、フィクションの中に、ドキュメントを込めることで救われてきました。ところが、今回の台本は、フィクションとドキュメントの境が極めてあいまいでした。僕をこれまで救ってくれた演劇ではなかった…。
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一方で、ぼくは「人と話すこと」で救われてもきました。互いに興味を持ち、考え方や人生を語り合うことで、自分が「自分で居てもいい」感覚になれます。そして、相手に対する愛着が生まれる。
本心を言うと、ぼくは、ぼくのことに興味を持ってほしいんです。ぼくについての話を聞いてほしいんです。
そして、
あなたのことに興味があるんです。
あなたの話を聞かせてほしいんです。
言葉にすると気持ちが悪い。
「ぼくは来るもの拒まずのスタイルだからね」とクールな態度で恰好つけたい。
20代のころ、友達が多いはずなのに、誰も自分に心を開いてくれてないように感じたことがありました。理由は簡単です。自分が全く心を開いてなかったからです。心を開かなかったのは、とても怖かったからです。
聞いてください。
聞かせてください。
第4回面白可笑ひこは、そんな回になるのではないかと思います。
ぜひ、5/20(土)にお会いしましょう。
神戸は5/28(日)です。こちらも是非いらしてください。