映画
その夜、偶々通りがかったボクは、そこでその光景に出くわした。
蛍が飛ぶ夏の夜のことだった。
フェンスに囲まれた小さなバスケットコートが映画館になっていた。
近所の著名(名前を聞いたけど知らなかった)だという
イタリア人監督が自分の作品を上映していた。
映写機とプリントは監督の自前だったんだと思う。
それ以外のたとえば椅子とかは、めいめい観客が持ち寄っていた。
スクリーンはバスケットゴールの後ろの壁だ。
コンクリートにスプレーでFUCK YOU!!と書いてあった。
その映画は、ボクが今まで見たどの映画よりも素晴らしかった。
けれど、その映画の中味をボクはちっとも思い出せない。
映画が終わると、ただの薄暗いバスケットコートに戻っていた。
あたりは闇になり、蛍が飛んでいた。
台詞はとても聞き取りにくかったし
(時々、けたたましいサイレンを鳴らす消防車が何度も通過した。
それにしてもNYの消防車はなぜあんなに我が物顔にうるさいのだろう)、
撮影に原因があったのか、はたまた映写機のせいなのか、
ピントは終始ずれていたことが気になった。
けれど、誰もそのことを批判的に言ったりはしなかった。
たぶん。盆踊りみたいなものなのだ。
盆踊りにダンスとしてのクォリティー、音楽センスのまずさを、問うことに意味がないように、
その映画に一般的な尺度を持ち込むことはつまらないことなのだ。
つまらないことに気を使うことほどつまらないことはない。
上映が終わり、誰かが持ち寄ったサングリアとピザを観客も監督も食べ、
ひとしきり食べ終わった後で、彼らは再び同じ映画を見始めた。
夜の公園がまた白明るくなり、蛍が消えた。
ノースリーブの太ったイタリアンマンマに反射した映写機の灯りがまぶしかった。

それとは関係ないけれど、マメヒコ飯店で映画が見れたらいいのにと思った。
どうせ日曜日は定休日で閉まっているのだ。
気軽な映画が見れたらいいのに。それで気軽に自分たちで作ることにした。
ケーキやお菓子を作る。自分たちの手で作る。
一事が万事そうしてきた。カフエを始めるとき、そうしようと決めたのだ。
いまも今後もそのつもりだ。
それと同じ感覚で映画を作ってみることにした。
カフエ マメヒコを舞台とすればボクらでもできる。
イヤ、ボクらにしか作れない。
マメヒコの店員たちとお客さんとの間に起こるドラマならいくらだってあるんだ。
映画を作りますと言い出してから、あっと言う間に時が経ち、ついに映画が完成した。
気楽にヨイヨイとできました、ということもなかったけれど、
多くの皆さんの甚大なるご協力で、ヨイヨイとできた部類だったと思う。お陰様で。
あとは、多くの皆さんに見てもらわなければなりません。
撮影に関わってくれたすべてのヒトたちが素晴らしかった。
そして出演してくれた皆さんが素晴らしかった。
こういう言い方は失礼かもしれないけれど、みんな上手い下手を越えて素晴らしかった。
上手い下手を越えた素晴らしさを持つ映画がボクは好きだ。
バスケットコートの映画が、ボクの中で一番素晴らしいピクチャーである理由もそこにある。