新年度の採用を始めました。

ざっと春からやることだけでも、

✚ マメヒコの店内だけで見られる映画=マメヒコピクチャーズ、その制作、上映。

✚ 店内だけで配布している雑誌=M-Hicoエムヒコ、の作成。

✚ エフエム富士[83.0MHz] での新番組、Radio Mame-Hico

✚ エフエム世田谷のコーナー番組、マメとクルミラジオ、

✚ 雪が融ければ、北海道、十勝平野での3年目の畑

通常営業以外にこんだけあって、通常営業だってあなた、

朝8時から、夜11時まで、ほぼ無休で3店舗やるというのは、

実はそれなりに大変なのでありましてね。

それなのに、さらにこんなに、すべて新しいことをやるなんていうのは、

「まったく、よくやるわねぇ」、と、声を揃えて呆れられているこの頃なのです。

でも、実は昔から大変なことをやってきたわけで、

その昔と今を単純に比べるとですね(単純に比べるなんてことは不可能と承知で)、

今の方が昔よりずっとラクだよな、と、この頃、いつも思うのです。

(さらに言うと、その頃にいたスタッフはもう誰もいないから、

昔と今のマメヒコを比較できるのは、ボクくらいなものなのです。

マメヒコを1番長く続けてるのは何を隠そうボクなわけで、それもたった一人で!?

それはスゴイことじゃないですか!?)

では、どうして、昔より大がかりなことに取り組んでいるわりに、

楽チンと感じてしまうのかと、六本木にあるお気に入りカフェで

チャイラテを飲みながら考えてみたんです。

まず、マメヒコ生活にボク自身が慣れて、苦を苦と思わなくなった。

という仮説Ⅰが思いつきます。

高原でマラソンのトレーニングをすると、

最初は苦しいけれど、徐々に空気の薄いことに身体が慣れてきて、

心肺能力が高まり、いつのまにかスゴイからだができあがっている。

その身体で、酸素のたっぷりあるホノルルあたりで走ったら、

もう楽チン楽チンとなってしまった。みたいな。

けど、それはきっぱりと違います。

ボクの心肺能力が高まっているという感じは、もうまったくない。

(マメヒコマラソンに必要とされている心肺機能とはなんでしょうか)

苦に対しては過剰なほど敏感だし、高まるなんてアナタ、

衰えを感じることはあっても、高まりを感じるなんてことはまるでない。

年をとって丸くなったんじゃないか。という仮説Ⅱも成り立ちますね。

たしかに、年を取ると丸くなると言いますね。

水戸黄門みたいなね。どんなことでもカカカと笑って、許しちゃうって言う。

けど、どうもボクはそうではない気がしてるんです。

年を取って、さらに怒りっぽくなってる気がするし、

特に、好き嫌いはハッキリしていて、

紐を結ぶ靴などめんどくさいと、あるとき以来まったく紐靴は履いていないし、

冠婚葬祭も行くと虚しさだけが募るばかりで、

よっぽどじゃないと出席しないことにしてしまったし、

日中でも眠たかったら、処構わず横になって寝てしまうし。

丸いとはおよそほど遠い、イガイガ虫みたいになっている。

ボクなりに考え、そして出した結論は、結局のところ、

フルーツの無いところでフルーツを食べたければ育てるしかない、

ということじゃないかと思うんですよね。

オレンジが食べたい。アップルが食べたい。そう思いたち、

サンダル引っかけて、八百屋に行って、スーパーに行って、

アップル、アップルと言えば、ふじでも、

つがるでもジョナゴールドでも買えるならそれで良い。

けれどね。

もしここが人里少ない小さな島で、ボクはこの灼熱の島で、

あの清々しいアップルを食べたいと思ってしまったら

(たぶんバナナがぶら下がってたらそれで済ますとは思うけど)、

林檎の種を植えて、木を育て、実がなるのを待つしかないんだろうと思う。

それ以外に何か方法があるなら教えて欲しい、と言うことですね。

リンゴはほかの品種の花粉が雌しべに付いてはじめて受精する性質があるので、

実をつけるために2つ以上の品種が必要です。

もし1本だけだと花が咲き、小さな実を付けるけど、

直径1cmぐらいで落ちてしまう。

そして桃栗3年、柿8年とは、リンゴとて同じことで、

やっぱり種を地面にまいてから、10年くらいの年月を経てようやく実が成る。

まぁ、その、そーゆーことじゃないかと思うんですね。

リンゴの成らない木を育てていた頃より、

小さくとも実がついていれば日々の苦労は相対的に薄れていくという理屈が、

たぶん一番しっくりする。

そして、そーゆーことはそこのあなたにも言えることじゃないかなと思います。

0
mamehico井川「~について」新年度の採用を始めました。 ざっと春からやることだけでも、 ✚ マメヒコの店内だけで見られる映画=マメヒコピクチャーズ、その制作、上映。 ✚ 店内だけで配布している雑誌=M-Hicoエムヒコ、の作成。 ✚ エフエム富士[83.0MHz] での新番組、Radio Mame-Hico ✚ エフエム世田谷のコーナー番組、マメとクルミラジオ、 ✚ 雪が融ければ、北海道、十勝平野での3年目の畑 通常営業以外にこんだけあって、通常営業だってあなた、 朝8時から、夜11時まで、ほぼ無休で3店舗やるというのは、 実はそれなりに大変なのでありましてね。 それなのに、さらにこんなに、すべて新しいことをやるなんていうのは、 「まったく、よくやるわねぇ」、と、声を揃えて呆れられているこの頃なのです。 でも、実は昔から大変なことをやってきたわけで、 その昔と今を単純に比べるとですね(単純に比べるなんてことは不可能と承知で)、 今の方が昔よりずっとラクだよな、と、この頃、いつも思うのです。 (さらに言うと、その頃にいたスタッフはもう誰もいないから、 昔と今のマメヒコを比較できるのは、ボクくらいなものなのです。 マメヒコを1番長く続けてるのは何を隠そうボクなわけで、それもたった一人で!? それはスゴイことじゃないですか!?) では、どうして、昔より大がかりなことに取り組んでいるわりに、 楽チンと感じてしまうのかと、六本木にあるお気に入りカフェで チャイラテを飲みながら考えてみたんです。 まず、マメヒコ生活にボク自身が慣れて、苦を苦と思わなくなった。 という仮説Ⅰが思いつきます。 高原でマラソンのトレーニングをすると、 最初は苦しいけれど、徐々に空気の薄いことに身体が慣れてきて、 心肺能力が高まり、いつのまにかスゴイからだができあがっている。 その身体で、酸素のたっぷりあるホノルルあたりで走ったら、 もう楽チン楽チンとなってしまった。みたいな。 けど、それはきっぱりと違います。 ボクの心肺能力が高まっているという感じは、もうまったくない。 (マメヒコマラソンに必要とされている心肺機能とはなんでしょうか) 苦に対しては過剰なほど敏感だし、高まるなんてアナタ、 衰えを感じることはあっても、高まりを感じるなんてことはまるでない。 年をとって丸くなったんじゃないか。という仮説Ⅱも成り立ちますね。 たしかに、年を取ると丸くなると言いますね。 水戸黄門みたいなね。どんなことでもカカカと笑って、許しちゃうって言う。 けど、どうもボクはそうではない気がしてるんです。 年を取って、さらに怒りっぽくなってる気がするし、 特に、好き嫌いはハッキリしていて、 紐を結ぶ靴などめんどくさいと、あるとき以来まったく紐靴は履いていないし、 冠婚葬祭も行くと虚しさだけが募るばかりで、 よっぽどじゃないと出席しないことにしてしまったし、 日中でも眠たかったら、処構わず横になって寝てしまうし。 丸いとはおよそほど遠い、イガイガ虫みたいになっている。 ボクなりに考え、そして出した結論は、結局のところ、 フルーツの無いところでフルーツを食べたければ育てるしかない、 ということじゃないかと思うんですよね。 オレンジが食べたい。アップルが食べたい。そう思いたち、 サンダル引っかけて、八百屋に行って、スーパーに行って、 アップル、アップルと言えば、ふじでも、 つがるでもジョナゴールドでも買えるならそれで良い。 けれどね。 もしここが人里少ない小さな島で、ボクはこの灼熱の島で、 あの清々しいアップルを食べたいと思ってしまったら (たぶんバナナがぶら下がってたらそれで済ますとは思うけど)、 林檎の種を植えて、木を育て、実がなるのを待つしかないんだろうと思う。 それ以外に何か方法があるなら教えて欲しい、と言うことですね。 リンゴはほかの品種の花粉が雌しべに付いてはじめて受精する性質があるので、 実をつけるために2つ以上の品種が必要です。 もし1本だけだと花が咲き、小さな実を付けるけど、 直径1cmぐらいで落ちてしまう。 そして桃栗3年、柿8年とは、リンゴとて同じことで、 やっぱり種を地面にまいてから、10年くらいの年月を経てようやく実が成る。 まぁ、その、そーゆーことじゃないかと思うんですね。 リンゴの成らない木を育てていた頃より、 小さくとも実がついていれば日々の苦労は相対的に薄れていくという理屈が、 たぶん一番しっくりする。 そして、そーゆーことはそこのあなたにも言えることじゃないかなと思います。