ニューヨークから帰って来たよ。
雨ばっかですんごく寒い。
おかげでわずかに桜が楽しめてるけど。
それにしてもココントコ暑いね、プエノトルコ並みに。
どこって?コノ掲示板だよ。

ねぇみんな大丈夫?酸欠じゃなぁい?
洞窟で焚き火するとやばいからね。
あんまり焚き付けないようにしなきゃね。
燃やしたら火の始末もしようね。

で。
いま栃木の山奥です。
こっちは桜も咲いてねーよ。
さらに寒い。
今日はこの小さな街の小さなカフェにぶらっと来てみたのでした。
この町にはよく知られたカフェが何軒かあります。
そしてその何軒はいずれも心地よく、16年前、一人の青年が始めたものでした。

ニューヨークに住んでいたころ、僕は好きで、毎朝カフェに行っていました。
陳列棚にはザックリと食べ物が立ち並び、ゲストが量も好みも選べる楽しさ。
席に着くと、大き目のカップとお皿にザックリと珈琲と食事。
ザックリした店員が「ENJOY」と一言。
やはりザックリとした広いテーブルで、手紙を書いたり、勉強したり、おしゃべりしたり。
「ザックリとした心地よさ」ってなんなのかなと、ずっと考えてました。
今回NYに出かけたのは、けしてあるひとつのカフェを参考にしようというものではなありません。
高級スーパーや庶民スーパー、グリーンマーケットやベンダーに見る陳列のしかたや、
壁のように建ち並ぶマンハッタンのビル群、道行く人々のせわしない歩き方。
そして何よりその町のにおいや空気、を自分なりに感じたのでした。

じゃあニューヨークに視察に行ってきましたと。
そのスタイルをお勉強してきましたね。
東京で似せれるとこは似せて、やってみましょうと。
そうすれば当たりますよ。
ニューヨークスタイルはブームですから。
さぁロゴはどうしましょう。
デザインはどうしましょう。

それはまったく違ってるなというのが僕の直感です。

アメリカの、中でもニューヨークという特異な街がNY caféを創っているのです。
今回狙っている「ザックリ」とは、NYの例を言えば、アメリカの豊かさの上に成立したのです。
それはつまり、アメリカの粗放的農業による莫大な生産力だったり、
高サービスを享受する人が数多く住んでいる経済状況だったり、
人種間の賃金格差が可能にした安い労働力なんかもそうだし、
地震が起きない硬い岩盤の上にマンハッタンが存在しているということだったり。
カフェとはオーナーが作るのではなく、街や時代が作るものなんですね。
その土地の水を沸かし、お茶にしたり珈琲にしたりしてお金を取っているのですから。
街が関わってくるのは当たり前のことです。
そういうことをなんかふと忘れそうになるんですね。
東京のカフェの多くがニューヨークやパリのカフェを目指していますけど、どこか違っているのは、
スタイルだけを真似て、その町の空気を読んでいないからじゃないかと思うわけです。
だから外国のカフェを目指してしまった時点でその企画は失敗なんですね。
無理にニューヨークを目指せば、どうしたってチープなイミテーションになってしまう。
それは絶対に避けなければならないことです。
今回僕がニューヨークで仕入れた生の情報など、三軒茶屋では役に立たせてはいけないと、
帰ってきてから気づいたのでした。

じゃぁ日本の東京の三軒茶屋で、僕がいま始めるカフェに、僕がわずかにできることとはいったい何なのかと。
日本にも大好きな喫茶店、今風に言えばカフェ、が少なくなってきてますけどあります。
だからこういう考え方をしたのです。
親指と人差し指は違ってみえるけど、手のひらでつながってるように、僕の好きな世界のcafeと、
僕の好きな日本の喫茶店は、どこかできっとつながっているんじゃないかと。
頭がまだニューヨークのうちに日本の好きな喫茶店も見ておこうと。
そしてどこにその共通点があるのか探してみよう。
朝もやかすむ東北道を4時間飛んでやってきたのでした。

珈琲を飲み、店内をぐるりと見渡せば、何度か来ているのに違って見える。
16年前。
このお店を、この街に出したオーナーの気持ちが色んなところから伝わってきます。
そしてこの店のすごいところは、オーナーさんの気持ちが静かに、けれど頑なに守られているところです。
日本では、バブル以降、「喫茶店」は嵐のあとの稲穂のようであり、
スタバ以降、「カフェ」は雨後の竹の子のようでした。
絶滅種のあとの新種は、絶滅しないようなDNAが組み込まれて誕生します。
いま「カフェ」をオープンするには、マーケティングとか、客単価とか、コンセプトとか、
どうしたってチマチマ考えざるを得ないのは仕方のないことです。

だけど。
ほんとはそんなこと、どうでもいでしょ。
マーケティングを信じるということは、今の時代に合わせるということなわけで、
そういうものは仮にオープン時に合っていたとしても、
すぐに次のマーケットを探らなくては、あっという間に古臭くなってしまう。
僕はそういう店を始めるくらいなら始めないほうがましだと思っています。

カフェというのは(ほんとはカフェという響きもなんか違うんだけどな)、
まぁぼくの考えるお茶が飲めるお店というのは、自分ひとりになれる場所であり、
人と会って話すところであり、それ以上でもそれ以下でもない。
どんな時代であれ、ひとりになる時間は必要だからお茶を飲むのだし、
ネットでチャットできたって気の合う人がいて話しができるところがあるなら、
それ以上の娯楽施設なんかないわけです。

「豆」を選んだのもそう。
日本人にとってのスイートとは「豆」です。
和菓子なんて姿形違えど、結局はあんこでしょ。
あんこってのは豆でしょ。
とにかく、普遍的なものをやりたかったの。
どんな時代にも変わらないもの。
それが「ザックリ」の正体なんじゃないかな。
と思いながら帰ってきたのでした。

帰ってくると事務所に荷物が届いてました。
それもアメリカから。
やった!無事だったんだ。
イヤー苦労した甲斐あったね。
色々あったけど無事着いたんだね。
偉かったね。
よかったよかったっ。
でもさ。
あれ・・?あれあれあれ?ギャーッ!ウソー
コノ顛末は次回に続く。
バイチャ。

mamehico井川のはなしカフエ マメヒコができるまでニューヨークから帰って来たよ。 雨ばっかですんごく寒い。 おかげでわずかに桜が楽しめてるけど。 それにしてもココントコ暑いね、プエノトルコ並みに。 どこって?コノ掲示板だよ。 ねぇみんな大丈夫?酸欠じゃなぁい? 洞窟で焚き火するとやばいからね。 あんまり焚き付けないようにしなきゃね。 燃やしたら火の始末もしようね。 で。 いま栃木の山奥です。 こっちは桜も咲いてねーよ。 さらに寒い。 今日はこの小さな街の小さなカフェにぶらっと来てみたのでした。 この町にはよく知られたカフェが何軒かあります。 そしてその何軒はいずれも心地よく、16年前、一人の青年が始めたものでした。 ニューヨークに住んでいたころ、僕は好きで、毎朝カフェに行っていました。 陳列棚にはザックリと食べ物が立ち並び、ゲストが量も好みも選べる楽しさ。 席に着くと、大き目のカップとお皿にザックリと珈琲と食事。 ザックリした店員が「ENJOY」と一言。 やはりザックリとした広いテーブルで、手紙を書いたり、勉強したり、おしゃべりしたり。 「ザックリとした心地よさ」ってなんなのかなと、ずっと考えてました。 今回NYに出かけたのは、けしてあるひとつのカフェを参考にしようというものではなありません。 高級スーパーや庶民スーパー、グリーンマーケットやベンダーに見る陳列のしかたや、 壁のように建ち並ぶマンハッタンのビル群、道行く人々のせわしない歩き方。 そして何よりその町のにおいや空気、を自分なりに感じたのでした。 じゃあニューヨークに視察に行ってきましたと。 そのスタイルをお勉強してきましたね。 東京で似せれるとこは似せて、やってみましょうと。 そうすれば当たりますよ。 ニューヨークスタイルはブームですから。 さぁロゴはどうしましょう。 デザインはどうしましょう。 それはまったく違ってるなというのが僕の直感です。 アメリカの、中でもニューヨークという特異な街がNY caféを創っているのです。 今回狙っている「ザックリ」とは、NYの例を言えば、アメリカの豊かさの上に成立したのです。 それはつまり、アメリカの粗放的農業による莫大な生産力だったり、 高サービスを享受する人が数多く住んでいる経済状況だったり、 人種間の賃金格差が可能にした安い労働力なんかもそうだし、 地震が起きない硬い岩盤の上にマンハッタンが存在しているということだったり。 カフェとはオーナーが作るのではなく、街や時代が作るものなんですね。 その土地の水を沸かし、お茶にしたり珈琲にしたりしてお金を取っているのですから。 街が関わってくるのは当たり前のことです。 そういうことをなんかふと忘れそうになるんですね。 東京のカフェの多くがニューヨークやパリのカフェを目指していますけど、どこか違っているのは、 スタイルだけを真似て、その町の空気を読んでいないからじゃないかと思うわけです。 だから外国のカフェを目指してしまった時点でその企画は失敗なんですね。 無理にニューヨークを目指せば、どうしたってチープなイミテーションになってしまう。 それは絶対に避けなければならないことです。 今回僕がニューヨークで仕入れた生の情報など、三軒茶屋では役に立たせてはいけないと、 帰ってきてから気づいたのでした。 じゃぁ日本の東京の三軒茶屋で、僕がいま始めるカフェに、僕がわずかにできることとはいったい何なのかと。 日本にも大好きな喫茶店、今風に言えばカフェ、が少なくなってきてますけどあります。 だからこういう考え方をしたのです。 親指と人差し指は違ってみえるけど、手のひらでつながってるように、僕の好きな世界のcafeと、 僕の好きな日本の喫茶店は、どこかできっとつながっているんじゃないかと。 頭がまだニューヨークのうちに日本の好きな喫茶店も見ておこうと。 そしてどこにその共通点があるのか探してみよう。 朝もやかすむ東北道を4時間飛んでやってきたのでした。 珈琲を飲み、店内をぐるりと見渡せば、何度か来ているのに違って見える。 16年前。 このお店を、この街に出したオーナーの気持ちが色んなところから伝わってきます。 そしてこの店のすごいところは、オーナーさんの気持ちが静かに、けれど頑なに守られているところです。 日本では、バブル以降、「喫茶店」は嵐のあとの稲穂のようであり、 スタバ以降、「カフェ」は雨後の竹の子のようでした。 絶滅種のあとの新種は、絶滅しないようなDNAが組み込まれて誕生します。 いま「カフェ」をオープンするには、マーケティングとか、客単価とか、コンセプトとか、 どうしたってチマチマ考えざるを得ないのは仕方のないことです。 だけど。 ほんとはそんなこと、どうでもいでしょ。 マーケティングを信じるということは、今の時代に合わせるということなわけで、 そういうものは仮にオープン時に合っていたとしても、 すぐに次のマーケットを探らなくては、あっという間に古臭くなってしまう。 僕はそういう店を始めるくらいなら始めないほうがましだと思っています。 カフェというのは(ほんとはカフェという響きもなんか違うんだけどな)、 まぁぼくの考えるお茶が飲めるお店というのは、自分ひとりになれる場所であり、 人と会って話すところであり、それ以上でもそれ以下でもない。 どんな時代であれ、ひとりになる時間は必要だからお茶を飲むのだし、 ネットでチャットできたって気の合う人がいて話しができるところがあるなら、 それ以上の娯楽施設なんかないわけです。 「豆」を選んだのもそう。 日本人にとってのスイートとは「豆」です。 和菓子なんて姿形違えど、結局はあんこでしょ。 あんこってのは豆でしょ。 とにかく、普遍的なものをやりたかったの。 どんな時代にも変わらないもの。 それが「ザックリ」の正体なんじゃないかな。 と思いながら帰ってきたのでした。 帰ってくると事務所に荷物が届いてました。 それもアメリカから。 やった!無事だったんだ。 イヤー苦労した甲斐あったね。 色々あったけど無事着いたんだね。 偉かったね。 よかったよかったっ。 でもさ。 あれ・・?あれあれあれ?ギャーッ!ウソー コノ顛末は次回に続く。 バイチャ。