こにゃにゃちわん。ぬるま湯よちです。

今朝もAM3時起床。PM5時就寝。完全に日本時間で暮らしてます。

今日も一日ご苦労様でした。お疲れになったでしょう。 あんな大荷物をお一人でお運びになったんですものね。と自作自演でねぎらってもみる。そうだよな、疲れたよなー。なんか頭が少しおかしくなってる。

朝からクイーンズのジャクソンハイツにあるインド人街に出かけました。お店で使うスプーンやフォークなどの金物は、インド製のチャチなものにしたくて探しに行きました。街のスーパーには所狭しと果物や野菜。そしてレンズにヒヨコと豆も無数に売ってました。あっ、インド人がいかにマンゴー好きかという証拠写真撮ってきたよ。見てみて。

目当ての金物がなぜかブッダのお店で発見。日本で言う仏壇屋かな?ほら象の顔した仏像とかあるでしょ。あーいうのとか、経典とか、仏具が無数に売ってるの。ここのディテールだけで2時間はしゃべれるよ。この店でおあつらえ向きの銅のカップを発見。あっこのカップをキンキンに冷やしてアイス珈琲出したら面白いかも。と思いつき、ぱっと40個買いました。もう郵便局で送るのはめんどくさいし高いかんね。おいら、がんばって、手荷物で持って帰るさ。

ところが。これが重てーの重たくねーのって。重たいんだけど、そうだよね銅なんだよね。手荷物検査で金属探知機鳴りまくりだよね。しくりんこ。

朝早くにこんなもん買っちゃったから、今日一日まさに重苦。ホラモウ階段終ワリダ。ガンバレ! オイッチニ、オイッチニ。人間つらいことが続くとね。独り言って多くなるの知ってた?気づいたらずっと地下鉄の上り下りんとき一人でしゃべってんの。不気味だよ。

マンハッタンに戻ってきて、次はチェルシー。このあたりは食肉卸の倉庫街だったんだけど、トレンドショップやレストランができてすっかりオシャレスポットです。よちはそこのチェルシーマーケットへ。古い倉庫にNYの有名な食材店がモールのように軒を連ねてんの。どの店もセントラルキッチンを備えていて、ここからマンハッタンの各お店に卸してるみたい。カフェも充実してて、ゆでた豆を扱ってる店もあった。調理器具や食器のお店もあったので物色。品揃えは充実してるけど、これなら合羽橋のほうがすごい。イヤ合羽橋はすごいよ。ニューヨーク来る前に、東京のほうがすごいよ、ニューヨークなんか行ってどうすんの?ってあるアメリカ人から言われたけど、いやほんとにその通り。買物なら東京のほうが品揃えもいいし、なにより安いよ。

でもね。

確かに東京には世界中から良い品が入ってきてるけど、むしろ良品すぎるわけ。つまりは日本人好みの売れ筋ばかりが入ってきてるの。たとえば同じアイテムでもおとなしい色だけが日本には入ってきてるし、「イヨーにでかい」とか、「何に使うんだこれ」とか、「ハハハ、ばかばかしい」とかっていう愚品はないわけです。そりゃそうだよね、輸入しても売れないんだもの。だからみんなどっか似たり寄ったりなんだよね。今回僕がニューヨークに来ているのはそういう愚品を探してるのと、それよりも、いわゆる外国のザックリ感を演出するための微妙なディテールを確認しに来てるわけです。他人に自分の感じている雰囲気を伝えるには、小さくて細かな積み木を重ねて見せるほかないわけで、そういう積み木がどこかに落ちてないかなという目線で見渡せば、見慣れたものだって違って見えてくる。だからニューヨークじゃなくたってホントはどこだってよかったんだよ。エッセンスだけいただければいんだからさ。

次はノリータのフランス人がやってる小さなカフェへ。すごい繁盛してる。若者カフェって感じ。クリエーターがよく集まるらしい。あーらしいらしい。東京の今時のカフェによく似てる。なるほど。どこかけだるくて、それがオシャレな感じ。きっと欧米のどこかに源流があってその支流が日本に流れてきてるんだ。

だけどこういう店は嫌い。なぜかじっと観察してみた。食器も内装もチープだけどセンスいいし、みんなこのあたりに住む若者が自分ちみたいに利用してる。そういうとこはいいよね。「ちょっとちらかってるけどその辺座って」みたいな。でもね。なんかそれが僕には田舎くさく写る。もっと店員と客に距離があったほうが良い。店員同志は仲良くてもイイけと゛、客と仲良しはイヤなの。そう感じさせるひとつにはカウンターと客席が設計段階で物理的に近すぎること。それとオープンキッチンのキャパ以上にメニューが多くてはやってるから、店員の兄ちゃんがハリキリすぎ。活気は伝わるけど、それってなんかカッコ悪い。「腹減ってんだろ、待ってろ、急いでなんか作るから」みたいな。うちも狭いわりにメニューが多くて似たようなことになりそう。やっぱ完全に厨房は分けよっかな。水鳥は水上だけ見せてりゃいんで、必死に水掻いてるとこ見せることないもんね。だったらこんな日記を書くなよなって話しでもあるんだけど。それとこっちはタッチパネルでオーダーを取ったりレシート出したりするシステムが基本的にどんな小さな店でも入ってる。 そのほうが間違いも少ないし、初期投資はでかいけど考えたい。

結局いろーんな店を見て思うんだけど、世界の名だたるレストランは「便利で安い」を追求し過ぎちゃって、その代わりになにかを失っちゃったんだ。僕が好きなカフェやレストランは便利じゃないし、安くもないけど、変わらないなにかがあって、不便だとか高いだとかそんなことを感じさせない店なんだ。そうあるにはどうしたらいいかをこれから必死こいて考えなくちゃいけないし、そういう店にわずかでもしたいからこそ、こうして重い荷物を運んでいたのだ。

ありがとう仏陀!ようやく悟ったよ。わざと僕に重い荷物を運ばせて気付かせてくれたんだね。手と手を合わせてしわあせ。ナーム。

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mamehico井川のはなしカフエ マメヒコができるまでこにゃにゃちわん。ぬるま湯よちです。 今朝もAM3時起床。PM5時就寝。完全に日本時間で暮らしてます。 今日も一日ご苦労様でした。お疲れになったでしょう。 あんな大荷物をお一人でお運びになったんですものね。と自作自演でねぎらってもみる。そうだよな、疲れたよなー。なんか頭が少しおかしくなってる。 朝からクイーンズのジャクソンハイツにあるインド人街に出かけました。お店で使うスプーンやフォークなどの金物は、インド製のチャチなものにしたくて探しに行きました。街のスーパーには所狭しと果物や野菜。そしてレンズにヒヨコと豆も無数に売ってました。あっ、インド人がいかにマンゴー好きかという証拠写真撮ってきたよ。見てみて。 目当ての金物がなぜかブッダのお店で発見。日本で言う仏壇屋かな?ほら象の顔した仏像とかあるでしょ。あーいうのとか、経典とか、仏具が無数に売ってるの。ここのディテールだけで2時間はしゃべれるよ。この店でおあつらえ向きの銅のカップを発見。あっこのカップをキンキンに冷やしてアイス珈琲出したら面白いかも。と思いつき、ぱっと40個買いました。もう郵便局で送るのはめんどくさいし高いかんね。おいら、がんばって、手荷物で持って帰るさ。 ところが。これが重てーの重たくねーのって。重たいんだけど、そうだよね銅なんだよね。手荷物検査で金属探知機鳴りまくりだよね。しくりんこ。 朝早くにこんなもん買っちゃったから、今日一日まさに重苦。ホラモウ階段終ワリダ。ガンバレ! オイッチニ、オイッチニ。人間つらいことが続くとね。独り言って多くなるの知ってた?気づいたらずっと地下鉄の上り下りんとき一人でしゃべってんの。不気味だよ。 マンハッタンに戻ってきて、次はチェルシー。このあたりは食肉卸の倉庫街だったんだけど、トレンドショップやレストランができてすっかりオシャレスポットです。よちはそこのチェルシーマーケットへ。古い倉庫にNYの有名な食材店がモールのように軒を連ねてんの。どの店もセントラルキッチンを備えていて、ここからマンハッタンの各お店に卸してるみたい。カフェも充実してて、ゆでた豆を扱ってる店もあった。調理器具や食器のお店もあったので物色。品揃えは充実してるけど、これなら合羽橋のほうがすごい。イヤ合羽橋はすごいよ。ニューヨーク来る前に、東京のほうがすごいよ、ニューヨークなんか行ってどうすんの?ってあるアメリカ人から言われたけど、いやほんとにその通り。買物なら東京のほうが品揃えもいいし、なにより安いよ。 でもね。 確かに東京には世界中から良い品が入ってきてるけど、むしろ良品すぎるわけ。つまりは日本人好みの売れ筋ばかりが入ってきてるの。たとえば同じアイテムでもおとなしい色だけが日本には入ってきてるし、「イヨーにでかい」とか、「何に使うんだこれ」とか、「ハハハ、ばかばかしい」とかっていう愚品はないわけです。そりゃそうだよね、輸入しても売れないんだもの。だからみんなどっか似たり寄ったりなんだよね。今回僕がニューヨークに来ているのはそういう愚品を探してるのと、それよりも、いわゆる外国のザックリ感を演出するための微妙なディテールを確認しに来てるわけです。他人に自分の感じている雰囲気を伝えるには、小さくて細かな積み木を重ねて見せるほかないわけで、そういう積み木がどこかに落ちてないかなという目線で見渡せば、見慣れたものだって違って見えてくる。だからニューヨークじゃなくたってホントはどこだってよかったんだよ。エッセンスだけいただければいんだからさ。 次はノリータのフランス人がやってる小さなカフェへ。すごい繁盛してる。若者カフェって感じ。クリエーターがよく集まるらしい。あーらしいらしい。東京の今時のカフェによく似てる。なるほど。どこかけだるくて、それがオシャレな感じ。きっと欧米のどこかに源流があってその支流が日本に流れてきてるんだ。 だけどこういう店は嫌い。なぜかじっと観察してみた。食器も内装もチープだけどセンスいいし、みんなこのあたりに住む若者が自分ちみたいに利用してる。そういうとこはいいよね。「ちょっとちらかってるけどその辺座って」みたいな。でもね。なんかそれが僕には田舎くさく写る。もっと店員と客に距離があったほうが良い。店員同志は仲良くてもイイけと゛、客と仲良しはイヤなの。そう感じさせるひとつにはカウンターと客席が設計段階で物理的に近すぎること。それとオープンキッチンのキャパ以上にメニューが多くてはやってるから、店員の兄ちゃんがハリキリすぎ。活気は伝わるけど、それってなんかカッコ悪い。「腹減ってんだろ、待ってろ、急いでなんか作るから」みたいな。うちも狭いわりにメニューが多くて似たようなことになりそう。やっぱ完全に厨房は分けよっかな。水鳥は水上だけ見せてりゃいんで、必死に水掻いてるとこ見せることないもんね。だったらこんな日記を書くなよなって話しでもあるんだけど。それとこっちはタッチパネルでオーダーを取ったりレシート出したりするシステムが基本的にどんな小さな店でも入ってる。 そのほうが間違いも少ないし、初期投資はでかいけど考えたい。 結局いろーんな店を見て思うんだけど、世界の名だたるレストランは「便利で安い」を追求し過ぎちゃって、その代わりになにかを失っちゃったんだ。僕が好きなカフェやレストランは便利じゃないし、安くもないけど、変わらないなにかがあって、不便だとか高いだとかそんなことを感じさせない店なんだ。そうあるにはどうしたらいいかをこれから必死こいて考えなくちゃいけないし、そういう店にわずかでもしたいからこそ、こうして重い荷物を運んでいたのだ。 ありがとう仏陀!ようやく悟ったよ。わざと僕に重い荷物を運ばせて気付かせてくれたんだね。手と手を合わせてしわあせ。ナーム。