象の国に住むチョンボは、
自分のなかにいる、愚図でのろまな、
チョンボと向き合うことなく、
穏やかに暮らしていたのでした。

それはとても穏やかな日々で、
今にして思えば、
なんでサーカスにいたころは、
あんな風に、毎日、哀しかったり、
落ち込んだりしていたんだろうと
思うのでした。
日が出たら起きて、
日が沈めば眠るその生活は、
とてもシンプルで、いまはもう、
褒められたいとか、
自信がなくて落ち込むとか、
そういうことは、
すっかり思わないのでした。

そもそも、ここでは
お金を稼ぐ必要がないのです。

水は川に行けばいくらでもあるし、
エサになる草も
いくらだって生えている。
ここではお金なんて、
なんの役にも立たないのでした。

チョンボは、
サーカスを知らない象に交じって、
穏やかに暮らしました。
ただひとつ、サーカス時代のことを、
誰にも話したりしませんでした。
みなさんに、お断りしておかなくては
いけませんがね、象は話します。
話すと言っても、人間のように、
言葉をつかって会話する
というわけではありませんが、
とにかくコミュニケーションは
人間と変わらずに取れるのです。
詳しく話すと
ややこしいので省きますが。

チョンボはサーカスの話しを、
仲間にしたところで、
誰にも理解してもらえないと
分かっていましたから、
話しませんでした。

けれど、ある晩、
チョンボは、夜眠ると、
フルーツドロップのような
ライトの下にいたのでした。
そしてファンファーレ
が高らかに鳴るのでした。
これは夢だろうと思いました。
そしてなんとこの夢は、懐かしく、
とても温かい気持ち
なのだろうと思いました。

ひげの団長さんがいる。
おサルもピエロも、
ピンクのトラたちもいる。
そのなかで、チョンボは、
大きなボールの前に立っていました。

赤いジャケットを着て、
眼鏡をして、黄色いハットと、
ステッキを持っているのでした。
そしてチョンボはファオンと鳴き、
二本脚で立ちました。
観客たちは、総立ちになって、
チョンボに、拍手喝采を送るのでした。
観客たちはみんな笑顔でした。

チョンボの前に、おサルたちが
三輪車を運んできました。
それは象専用の大きな三輪車でした。
チョンボはそれにまたがると同時に、
楽隊が音楽を奏でました。
蜂蜜のような音楽が、
トロリトロリとテントの中を包み込み、
観客もみんな、蜂蜜の中で
とろけそうな気分でした。
チョンボは、三輪車にまたがりながら、
テントの中を回りました。

そして、ステッキをあげたり、
トランペットに合わせて、
鼻をファオンとならしたりしました。
子供たちはみんな、
両手を頭の上にあげて、
拍手していました。
指笛がテントいっぱいに
鳴り響きました。

団長さんが、鞭でぴしゃりと、
地面を叩くと、ピンクの虎が、
一斉に、飛び出してきました。
そしておサルたちが、
輪っかをもって並ぶと、
そこをものすごい速さで
くぐっていくのでした。
テントの中に砂ぼこりが舞います。
ピンクの虎はさらにスピードを上げ、
輪っかをどんどんくぐるのでした。

大きなピエロが現れました。
そうして輪っかの前に立ち、
ブーッと口から炎を出すと、
たちまちリングは炎で包まれました。
そのリングを、
チョンボは鼻で捕まえると、
グルグルグルグル回しました。
ドラムが鳴り出すと、
リングから真っ赤なインコが、
数えきれないほど飛び立ちました。
それは炎がそのまま
鳥になったようでした。
そして、テントのあちこちに
インコが止まると、
テントは丸ごと燃えているようでした。

チョンボの前に
大きなバケツが用意されました。
ブドウ色の水が入っていました。
チョンボはバケツに鼻を入れ
大きく水を吸うと、鼻の先から
テントに放水を始めました。

するとどうでしょう。
水がかかった、赤いインコは
青く変わるのでした。
テントの中をインコは
円く飛び始めると、
チョンボはあたり一面に
放水を始めました。
水を浴びたインコは
次々に色が青くなるのです。
ピンクの虎も、
テントの中を回ります。
そしてチョンボが放つ水を浴びると、
青とも紫とも、赤とも言えない、
もうそれは虹のような
色になるのでした。

そう。
チョンボは、テントの中に夢のような
虹を作り上げているのでした。
観客たちは、もうずぶ濡れになって、
チョンボに拍手しました。
チョンボは地球にあるすべての水を、
このテントに放水している気分でした。
大陸を流れる大河が、
大地の割れ目に滝となって
落ちていくように、
チョンボの降らす、その水は、
何もかもを鮮やかに蘇らせるのでした。

団長さんは、その虹を見ながら
泣いているのでした。
おサルも泣いているのでした。
だって、そうでしょう?
あのチョンボがですよ。
あのチョンボが、
このサーカスの、テントの中で、
蜂蜜のような音楽の中、
赤と青のインコが飛び、
希望の虹を作っているのです。
チョンボも泣いていました。
サークルの砂地に緑の草が生えました。
そしてテントの屋根は、
もうそれは象の国の空と
見間違うくらいの、
コバルトブルーなのでした。
いや、もうそこは、象の国なのでした。

テントなんかないのです。
地平線まで続く象の国に、
子供たちや大人たちがいるのでした。
チョンボの降らせたのは
「雨」なのでした。

あぁ、幸せとは
こういうことを言うのです。
あぁ、喜びとは
こういうことを指すのです。

チョンボがずっと感じていた感謝は
「雨」となって、乾いた大地に、
乾いた人間たちの心に、
そのまま、いつまでも、
いつまでも降り注ぐのでした。

もうそれは、夢でも本当でも
どちらでもいいのでした。
チョンボにとって、
こんなに幸せな気持ちに
なったことはなかったのですから。

1+
mamehico井川さんの本音象の国に住むチョンボは、 自分のなかにいる、愚図でのろまな、 チョンボと向き合うことなく、 穏やかに暮らしていたのでした。 それはとても穏やかな日々で、 今にして思えば、 なんでサーカスにいたころは、 あんな風に、毎日、哀しかったり、 落ち込んだりしていたんだろうと 思うのでした。 日が出たら起きて、 日が沈めば眠るその生活は、 とてもシンプルで、いまはもう、 褒められたいとか、 自信がなくて落ち込むとか、 そういうことは、 すっかり思わないのでした。 そもそも、ここでは お金を稼ぐ必要がないのです。 水は川に行けばいくらでもあるし、 エサになる草も いくらだって生えている。 ここではお金なんて、 なんの役にも立たないのでした。 チョンボは、 サーカスを知らない象に交じって、 穏やかに暮らしました。 ただひとつ、サーカス時代のことを、 誰にも話したりしませんでした。 みなさんに、お断りしておかなくては いけませんがね、象は話します。 話すと言っても、人間のように、 言葉をつかって会話する というわけではありませんが、 とにかくコミュニケーションは 人間と変わらずに取れるのです。 詳しく話すと ややこしいので省きますが。 チョンボはサーカスの話しを、 仲間にしたところで、 誰にも理解してもらえないと 分かっていましたから、 話しませんでした。 けれど、ある晩、 チョンボは、夜眠ると、 フルーツドロップのような ライトの下にいたのでした。 そしてファンファーレ が高らかに鳴るのでした。 これは夢だろうと思いました。 そしてなんとこの夢は、懐かしく、 とても温かい気持ち なのだろうと思いました。 ひげの団長さんがいる。 おサルもピエロも、 ピンクのトラたちもいる。 そのなかで、チョンボは、 大きなボールの前に立っていました。 赤いジャケットを着て、 眼鏡をして、黄色いハットと、 ステッキを持っているのでした。 そしてチョンボはファオンと鳴き、 二本脚で立ちました。 観客たちは、総立ちになって、 チョンボに、拍手喝采を送るのでした。 観客たちはみんな笑顔でした。 チョンボの前に、おサルたちが 三輪車を運んできました。 それは象専用の大きな三輪車でした。 チョンボはそれにまたがると同時に、 楽隊が音楽を奏でました。 蜂蜜のような音楽が、 トロリトロリとテントの中を包み込み、 観客もみんな、蜂蜜の中で とろけそうな気分でした。 チョンボは、三輪車にまたがりながら、 テントの中を回りました。 そして、ステッキをあげたり、 トランペットに合わせて、 鼻をファオンとならしたりしました。 子供たちはみんな、 両手を頭の上にあげて、 拍手していました。 指笛がテントいっぱいに 鳴り響きました。 団長さんが、鞭でぴしゃりと、 地面を叩くと、ピンクの虎が、 一斉に、飛び出してきました。 そしておサルたちが、 輪っかをもって並ぶと、 そこをものすごい速さで くぐっていくのでした。 テントの中に砂ぼこりが舞います。 ピンクの虎はさらにスピードを上げ、 輪っかをどんどんくぐるのでした。 大きなピエロが現れました。 そうして輪っかの前に立ち、 ブーッと口から炎を出すと、 たちまちリングは炎で包まれました。 そのリングを、 チョンボは鼻で捕まえると、 グルグルグルグル回しました。 ドラムが鳴り出すと、 リングから真っ赤なインコが、 数えきれないほど飛び立ちました。 それは炎がそのまま 鳥になったようでした。 そして、テントのあちこちに インコが止まると、 テントは丸ごと燃えているようでした。 チョンボの前に 大きなバケツが用意されました。 ブドウ色の水が入っていました。 チョンボはバケツに鼻を入れ 大きく水を吸うと、鼻の先から テントに放水を始めました。 するとどうでしょう。 水がかかった、赤いインコは 青く変わるのでした。 テントの中をインコは 円く飛び始めると、 チョンボはあたり一面に 放水を始めました。 水を浴びたインコは 次々に色が青くなるのです。 ピンクの虎も、 テントの中を回ります。 そしてチョンボが放つ水を浴びると、 青とも紫とも、赤とも言えない、 もうそれは虹のような 色になるのでした。 そう。 チョンボは、テントの中に夢のような 虹を作り上げているのでした。 観客たちは、もうずぶ濡れになって、 チョンボに拍手しました。 チョンボは地球にあるすべての水を、 このテントに放水している気分でした。 大陸を流れる大河が、 大地の割れ目に滝となって 落ちていくように、 チョンボの降らす、その水は、 何もかもを鮮やかに蘇らせるのでした。 団長さんは、その虹を見ながら 泣いているのでした。 おサルも泣いているのでした。 だって、そうでしょう? あのチョンボがですよ。 あのチョンボが、 このサーカスの、テントの中で、 蜂蜜のような音楽の中、 赤と青のインコが飛び、 希望の虹を作っているのです。 チョンボも泣いていました。 サークルの砂地に緑の草が生えました。 そしてテントの屋根は、 もうそれは象の国の空と 見間違うくらいの、 コバルトブルーなのでした。 いや、もうそこは、象の国なのでした。 テントなんかないのです。 地平線まで続く象の国に、 子供たちや大人たちがいるのでした。 チョンボの降らせたのは 「雨」なのでした。 あぁ、幸せとは こういうことを言うのです。 あぁ、喜びとは こういうことを指すのです。 チョンボがずっと感じていた感謝は 「雨」となって、乾いた大地に、 乾いた人間たちの心に、 そのまま、いつまでも、 いつまでも降り注ぐのでした。 もうそれは、夢でも本当でも どちらでもいいのでした。 チョンボにとって、 こんなに幸せな気持ちに なったことはなかったのですから。