団長さんは、しばらく
じっと目をつむってました。
そして、何度も唇を噛みしめ、
大きくため息をつきました。
小さいのも合わせると、実に、
19回もため息をついたのでした。
しかし、最後、20回目の
ため息をついたあと、
みんなの顔を見まわして、
こう言ったのでした。

「みなさんいままで、よく我慢してくれました。
むしろ決断が遅くなったことをお詫びします。

チョンボは、もはやサーカスの一員ではない。
それはもうとうの昔にわかっていたことでした。
それでもチョンボに期待をしました。
もしかしたらチョンボは大きく変わるかもしれない、
という甘い期待を抱いてしまった。
しかしさすがにもうわかりました。
この街にチョンボを置いていきます。

それは、チョンボが決めたことでもあるのです。
ワタシはむしろチョンボに過度の期待を抱いてしまった。
チョンボも過度に頑張りすぎた。
サーカスはサーカスなのですから、
なにもしないでただ立っている、
というわけにはいかないのです。

チョンボはサーカス団の一員としては、
失格なわけですから、新しい道を探すべきなのです。
自分の人生の置き場所を。

それでいいと思うのです。

もちろんチョンボは悩んでいるでしょう。
ションボリもしているでしょう。
気持ちがひとつに定まらないでしょう。

サーカスでもっと頑張りたいと、
思っているかもしれません。

けれど、人生は決断の連続です」

そう告げたのでした。
みんなはもうそれはそれで、
団長さんが決めたことだから、
残念だけれど仕方ない、
そう思ったのでした。

団長さんは、そのまま、
なにかを告げようとしました。
しかし、言葉に詰まってしまいました。
ふと見ると、
小猿のウッキーが泣いているのです。

動物だって泣きます。
涙を流すことだってあります。
そのあたりはなにも人間と
変わらないのです。
言葉が通じなくても、
気持ちがつながれば、泣いたり
笑ったりするのがわかるのです。
団長さんは人一倍、
そういう動物の気持ちがわかりました。
だから団長さんなのです。

団長さんは小猿のウッキ―が
泣いているのを見て、
胸が詰まりました。
哀しい音楽が、
テントの中に流れました。
楽隊のピアノ弾きが、
哀しくて寂しい音楽を弾くのでした。
ピアノ弾きは、泣きながら、
ピアノを弾くのでした。

団長さんは泣いてはいけません。
ぐっと堪えしのんで、
話しを続けました。

「いろんなことを考えました。
色々なスタッフや動物たちの気持ち、
そしてチョンボの気持ちを考えました。

考えれば考えるほど、
決断はできなくなる。

自然は美しい。
なぜ美しいかと問われれば、
曖昧だからだと私は思います。
曖昧だからこそ、美しい。
はっきりとしたものは、
美しくありません。

だから、チョンボのことを
考えれば考えるほど、
決断ができなくなりました。

私はチョンボの美しさを知っている。
チョンボの無能を
裁くことはできるけれど、
チョンボのひたむきな姿勢という
美しさを、裁くことは。
私には、できない。
曖昧なものを、
受け入れる寛容さを、
強さを持ちたかった。
けれど、やはりそれは
サーカスの役割ではないのです。
そのことに気づきました。

チョンボにさよならを言うことにしました。
みんなも、チョンボに、
さよならと言ってあげてください。
こんな形で、終わってしまうチョンボの気持ちを、少しだけ汲んであげてください」

みんな、泣きました。
サーカスというものの
残酷さに泣きました。
しかし、すぐにみんなは
散り散りになり、
「チョンボの飼育小屋は撤去しますか?」
「残っているエサは処分ですか?」
「チョンボの演目の時間を、
パンダに変えてもいいですか?」
「次回のチラシには、チョンボを外すことを、忘れないように」

慌ただしく、それは
とても残酷でしたけれど、
責めないであげてください。
そうやってみんなは、哀しみを
乗り越えようとしているのです。

チョンボのいないサーカスの
仕組みを整えなければいけない。
そして、チョンボは
そんなことも知らず、
ただ寝ているだけでした。

テントは瞬く間に片付けられ、
すべての荷物が
トラックに詰み込み終わると、
サーカス団はこの街を離れました。

チョンボが寝ている灰色の檻と、
数日分のエサだけが
そこに残っているのでした。
カラスがその上をカーカー、
カーカーと鳴きながら
旋回しているのでした。
何を言っているのかは
わかりませんでした。

小雪のちらつく秋の終り。
なんてことのないただの木曜日に、
チョンボとサーカスは
あっけない終わりを迎えました。

いまチョンボは列車に乗っています。
チョンボは、まだ寝ていました。
どこに向かっているのか
わかりませんでしたが、
象の匂いや声がしました。
ガタゴトと列車は、
線路の上をひた走るのでした。
この象列車は、サーカスや
動物園を追われた象を乗せ、
象の国へと向かっていたのでした。

https://i1.wp.com/mamehico.com/wp-content/uploads/5c892d12a8082bfb08d91ade7f1bb0f1.jpg?fit=480%2C270https://i1.wp.com/mamehico.com/wp-content/uploads/5c892d12a8082bfb08d91ade7f1bb0f1.jpg?resize=150%2C150mamehico井川さんの本音団長さんは、しばらく じっと目をつむってました。 そして、何度も唇を噛みしめ、 大きくため息をつきました。 小さいのも合わせると、実に、 19回もため息をついたのでした。 しかし、最後、20回目の ため息をついたあと、 みんなの顔を見まわして、 こう言ったのでした。 「みなさんいままで、よく我慢してくれました。 むしろ決断が遅くなったことをお詫びします。 チョンボは、もはやサーカスの一員ではない。 それはもうとうの昔にわかっていたことでした。 それでもチョンボに期待をしました。 もしかしたらチョンボは大きく変わるかもしれない、 という甘い期待を抱いてしまった。 しかしさすがにもうわかりました。 この街にチョンボを置いていきます。 それは、チョンボが決めたことでもあるのです。 ワタシはむしろチョンボに過度の期待を抱いてしまった。 チョンボも過度に頑張りすぎた。 サーカスはサーカスなのですから、 なにもしないでただ立っている、 というわけにはいかないのです。 チョンボはサーカス団の一員としては、 失格なわけですから、新しい道を探すべきなのです。 自分の人生の置き場所を。 それでいいと思うのです。 もちろんチョンボは悩んでいるでしょう。 ションボリもしているでしょう。 気持ちがひとつに定まらないでしょう。 サーカスでもっと頑張りたいと、 思っているかもしれません。 けれど、人生は決断の連続です」 そう告げたのでした。 みんなはもうそれはそれで、 団長さんが決めたことだから、 ...