目を開けても、
チョンボは起きれませんでした。
起きようと思っても、体がちっとも、
いうこときかないのです。

ぼんやりと干し草に横たわり、
チョンボはなんでだろうと考えました。
考えましたが、
頭がジジジと鳴るだけで、
なにも浮かびませんでした。

ただただ横たわって
時間を過ごしました。
横になると、時折、
とても哀しくなるのでした。
そして、拭っても拭っても
涙が出ました。
涙はいくらでも出てしまうのでした。
こんなことは初めてでした。

異変に気付いた飼育係のスタッフが、
ひとことふたこと
声をかけてくれましたが、
黙って泣くだけのチョンボに、
お大事にとだけ言って、
行ってしまっただけでした。
ほかは、だれも声一つ
かけることはありませんでした。

新しい街でのサーカスは、
あまりお客さんが
入っていませんでした。
クリスマスまで公演を
続ける予定でしたが、
団長さんは、早々にこの街を出て、
次に行こうかと
決断を迫られていました。
この街でやっていると、
毎日たいへんな赤字なのです。

華やかにテントを彩る
赤や黄色のネオンも、
星空に届くほどのビームサーチも、
電気代がもったいないからと
消しています。

動物たちも団員も、
「長くやっていれば、こういうこともあるさ」と、
粛々と演目をこなしています。

サーカスとは不思議なものです。
同じ公演をやっていても、
拍手喝采を浴びる街もあれば、
この街のように、
ちっとも評判が上がらず、
むしろまるで無視されているのでは
ないかと思うほど、
客の入りが悪いこともあるのです。
確かに始まる前から、
どうも良からぬ予感はありました。

カラスを見ればその街が
わかると言いましたが、
森のカラスたちは毎日のように
チョンボのところへ来て、
余計なことを言うのです。

「お前のやっていることはまるで芸になってない!!」
「お前のようなグズは、サーカスをやめたほうが身のためだ!!」
「お金を払ってあんなサーカスを見させられたら、たまったもんじゃない!!」

ショーが終わった夜中になると、
カラスはチョンボのところに集まり、
とっかえひっかえ、チョンボに
余計なことを告げるのでした。

チョンボは、いつも
聞こえぬフリをしていましたが、
それはフリなんであって、
しっかり聞いているのでした。
そして傷ついてしまっているのでした。
それはチョンボの弱さなのです。
その弱さを狙って、
カラスは仕掛けてくるのでした。

鼻でステッキを持ち、楽隊に合わせて
ツリーチャイムを鳴らすという
演目があります。
これは団長さんが、なんとかチョンボに
見せ場を作ってあげようと
思案し始まったのです。
ポスターも作り、ピエロも楽隊も
チョンボを盛り立てました。
ところがチョンボは、
してはいけない重大なミスを、
度々犯してしまったのでした。

チョンボは、その肝心なところで、
叩くのを忘れてしまうのです。
いや、忘れてなんか
いないのかもしれません。
むしろ、その出番が嬉しくて嬉しくて、
興奮してうっかり叩くのを忘れて、
慌ててタイミングを
外したりするのでした。

そして失敗するほど、チョンボは、
ますます叩くことが
できなくなってしまうのでした。

サーカスの団員は、みんな一様に、
チョンボのことに腹を立てました。
演奏の一番のクライマックスで、
チョンボが失敗すれば、
それはもうショーにはなりません。
腹立たしくなるのは当然です。
一生懸命やって、
失敗したんだからそれでいい、
そういうことにはならないのです。
サーカスに生きるのだから、
失敗は許されないのです。
チョンボはサーカスの掟を
破ってしまっているのです。

ただ一方で、みんなは
こうも思っているのです。
チョンボのようなグズが
いたっていいじゃないかと。
なぜ同情し、可哀そうと
思ってしまうのでしょうか。
それはこういうことです。

誰にだって自分の中にチョンボを
「抱えて生きている」からです。
どうにもならないものを
抱えて生きているからなのです。
キリンの首が長いように、
サルのお尻が赤いように、
ラクダにコブがあるように、
サーカスの一員の前に、
どうにもならないものを抱えるのが
生きるということなのです。

だから、チョンボが何度失敗しても、
みんなはどこか苦笑い、本気で
叱ったりするものはいませんでした。
ドンマイドンマイと、
小さく慰めたりするのでした。

しかし、カラスは
決まってこう言うのでした。

「泳げない魚は魚にあらず、
飛べない鳥は鳥にあらず。

才能もないのに頑張ればできるとおだてられ、その気にさせられ、
あがいているのは見苦しい。
さらにそのことに気づかずに、
へらへら笑っているのはあさましいことなんだぞ。
慰めている連中だって、お前のエサ代や、
お前の穴を、実際いつまでカバーできるんだ?
お客の少ないこの街で。

一度や二度の失敗ならみんな許すだろう。
けど、お前の場合は、何度目だ?
それはドンマイで済まされることなのか。

チョンボ。
悪いことは言わない。サーカスなんて辞めちまえ。
みんなが言わないから、オレが代弁してやってるんだ。

辞めるほうが迷惑か、続けるほうが迷惑か。
よく考えろ。よくよく考えるんだ」

日が沈んでも、チョンボは、
全く立ち上がれずに
横になったままでした。
涙だけはいくら拭っても、
とどまることはありませんでした。

サーカス団は、早々にこの街を
出ていくことが決まりました。
そうと決まると、みんなは足早に
荷物をまとめてトラックに乗せ、
出発する準備をしているのでした。

準備のさなかでも、チョンボは
起き上がることはしませんでした。
見かねた団長さんが、獣医を呼び
診察してもらいましたけれど、
原因はわからないと
首をかしげるだけでした。

そして出発前夜の食事中のことです。
少しお酒の入ったところで、
ピンクの虎のモモを
担当する調教師のピッピが、
こう口火を切りました。

「団長に問いたい。
我々は今後もチョンボと一緒に回るのですか。
それならそうと従いますがね、
はっきり申し上げれば、
私はこの街にチョンボを置いていくべきではないかと思っています
団長さんの意見をお伺いしたい」

騒がしかった空気がシンとなりました。
そして、みんな黙って下を向いたまま、
呑んだり食べたりしました。
そして時折、団長さんの顔を
上目遣いでのぞいては、
その決断を待つのでした。

団長さんは、腕を組み、
目をつぶり、じっと黙っていました。
その時間は、とてもとても
長く重苦しいものでした。

◇ 今までのお話は Google+ のコレクションにて
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https://i1.wp.com/mamehico.com/wp-content/uploads/5c892d12a8082bfb08d91ade7f1bb0f1.jpg?fit=480%2C270https://i1.wp.com/mamehico.com/wp-content/uploads/5c892d12a8082bfb08d91ade7f1bb0f1.jpg?resize=150%2C150mamehico井川さんの本音目を開けても、 チョンボは起きれませんでした。 起きようと思っても、体がちっとも、 いうこときかないのです。 ぼんやりと干し草に横たわり、 チョンボはなんでだろうと考えました。 考えましたが、 頭がジジジと鳴るだけで、 なにも浮かびませんでした。 ただただ横たわって 時間を過ごしました。 横になると、時折、 とても哀しくなるのでした。 そして、拭っても拭っても 涙が出ました。 涙はいくらでも出てしまうのでした。 こんなことは初めてでした。 異変に気付いた飼育係のスタッフが、 ひとことふたこと 声をかけてくれましたが、 黙って泣くだけのチョンボに、 お大事にとだけ言って、 行ってしまっただけでした。 ほかは、だれも声一つ かけることはありませんでした。 新しい街でのサーカスは、 あまりお客さんが 入っていませんでした。 クリスマスまで公演を 続ける予定でしたが、 団長さんは、早々にこの街を出て、 次に行こうかと 決断を迫られていました。 この街でやっていると、 毎日たいへんな赤字なのです。 華やかにテントを彩る 赤や黄色のネオンも、 星空に届くほどのビームサーチも、 電気代がもったいないからと 消しています。 動物たちも団員も、 「長くやっていれば、こういうこともあるさ」と、 粛々と演目をこなしています。 ...