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2009/11/12

源ファーム 大美浪源 第四話

1947年大樹町生まれ。十勝・大樹町、養豚家。源ファーム代表。
豚にホエー(乳精)を飲ませて育てるホエー豚を平成15年より飼い始める。
現在はホエー豚研究会会長。

朝はきれいに晴れ上がっていたのに。
見ろ!いまじゃどうだ。
空が茶色い砂埃で夜のように染まっている。
ロッジの窓から見える農業用道路も、
すっかり砂埃に視界を遮られ、もはやちょっと先も見えない。

豚舎は大丈夫だろうか。屋根でも飛んだら一大事だ。
いやそれどころか。
「オズの魔法使い」でドロシーが家ごと竜巻に巻き上げられたかのごとく、
せっかく建てたこのレストラン兼仕事場のロッジも、
そのまま持ってかれそうだ。

まぁそうなったらそうでもいいか。

それほどの春の嵐だった。
この日、5月19日に起きた十勝の嵐は、
オホーツク海の低気圧が原因で、大樹町の隣町である広尾町では瞬間風速29.3メートルを記録した。

「風塵」という大変珍しい気象現象です。

と年老いた気象予報士は、全国ニュースでまるでさっきまで嵐の中にいたかのごとく驚いてみせた。
嵐の中にいれば、嵐の中にいるとはわからないものだ。
嵐の外ほど、嵐がきたと声を出し手を振り騒いでいる。

ゲンさんは豚舎も豚も、家族も家も、
すべての無事を確認し終えて、テレビを見ながらなんとなくそう思った。

北海道・十勝の南。高台に上れば日高の海が見とおせる大樹町で、豚屋家業は40年になる。

1頭1頭、自分の豚は自分の眼と直感で状態を確かめながら育ててきた。
ゲンファームがチーズの副産物「ホエー」を豚に与え始めたのは10年前になる。
ホエーとは、チーズを作るときに出てくる「乳清」のこと。
最近は大々的にテレビで「ホエー豚、ホエー豚」と取り上げられるようになり、
「あぁあのテレビで有名なホエー豚をそだてておられる・・・」と言われることが多くなった。
そう言われると何となく複雑な思いになる。
10年前、ホエーを豚に飲ませたゲンさんに理解者はいなかった。

帯広の会社を辞め、24歳で大樹町に帰ってきたゲンさんは、26歳の時に従妹の友達だったすみ子さんと結婚した。
出会ったのが1月の中旬。結婚式は4月1日。
あまりのスピード結婚に、エイプリルフールの冗談だと思って欠席する友人もいたという。

結婚して本格的に養豚業を始めた二人だったが、ほとんどゼロからのスタートだった。

「失敗に失敗を重ね、豚のことが分かるまで7~8年かかったわ」
とすみ子さんは言う。
父母の時代には100頭前後だったが、今では500~600頭の豚を飼っている。
これも現代の養豚業にしては少ないという。
結婚してから今日まで苦労のなかった日はない。
大樹町で2軒まで減った養豚農家を今まで続けてこられたのも、
借金を返してこられたのも、
そして生ハム作りを続けることができたのも、
ゲンさんの傍にはいつもすみ子さんがいてくれたお陰だ。

「女房は辛抱家ですね」

夫婦に転機が訪れたのは今から9年前。
「元気づくり事業」という名のもとに、農業開発普及センターが7団体に補助金を出すことになった。
十勝の事業を活性化することを目的にした補助金制度だ。
そこに名乗りを上げようとゲンさんに誘いをかけたのは、
同じ大樹町で育った幼馴染、インカルシペの米山さんだ。

大樹町からはまだ手を挙げている人がいなかった。

米山さんには白樺の森を開拓し、コテージを作って大勢の人に開放し、大樹町を活性化させたいという夢があった。
ゲンさんには大樹のチーズ作りから出たホエーを飲ませた豚肉を加工し、ホエー豚を広めたいという夢があった。

補助金が下りることが決定し、レストランを併設した源ファームがオープンしたのは平成12年10月21日のことだ。

しかし、ホエー豚はちっとも売れなかった。
ホエー豚のおいしさは理解されず、バラ肉とロースだけがよその豚と同じ値段で安く買い取られた。
ファームの脇には、売れずに残った部位が山積みされ、雪に埋もれていた。

それが「どっちの料理ショー」で取り上げられて少しずつ様子が変わった。

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