1947年大樹町生まれ。十勝・大樹町、養豚家。源ファーム代表。
豚にホエー(乳精)を飲ませて育てるホエー豚を平成15年より飼い始める。
現在はホエー豚研究会会長。

大樹町で生まれ育ち、帯広の大学を卒業したゲンさんは民間会社に就職した。
しかし、自分がやりたかった製造の仕事をやらせてもらえず、実家の豚屋さんを継ぐことにした。

「一度出てった町に、再び戻ってきたからには、何があってもこの土地でやり続けようと決めたね」

しかし、養豚業はそんなに甘くなかった。

豚肉の相場というのはかなり不安定だ。
100頭そこらの豚では、生活するには頭数が少なすぎた。
そこで、大きな豚舎を建てようと建設資金を借りに、農協へ行った。
しかし農協は融資を受け入れなかった。
けれど、ゲンさんは一度やると決めたことは、やりたいのだ。
やらずに済ますということはない。
金がない。ヒトがいない。経験もない。
やれない理由はいくらでもあったが、こういう場合、結果としてやれないのは、よそ、のせいではない。
やりたいと言い出したヒトの、熱意、が足りないにすぎない。

だから豚舎は建った。

建ったは建ったが、年間75万円の返済を、豚だけでは返せないことが何度もあった。


「そんなときはね、父親が庭に植えた木イチゴをさ、
女房と二人で仕事の合間を縫っては摘んでさ。
せっせとジャムにして瓶に詰めて売ったんだ。
その収入が40万から50万。
それでも足りない。
だから知恵を絞った。
自分たちに可能な現金収入の方法はなにかとね。

それでね、ソーセージとサラミの詰め合わせを年に3回送るというギフトボックスを思いついた。
いろんな知人の紹介で会員を募ったの。
その会員数がたったの20人。
それでもね。
なんとか、返済金に充てることはできたんだよ。
友達が救ってくれたんですよ。
今こうしてあるのは皆さんのおかげ。
感謝の気持ちを忘れたことはない」

ほほに手を当てながら、ニヤッと笑った。

今日は豚を売りに行く日だ。
早朝から豚舎にいる豚をトラックに乗せる。
これが一苦労だ。
なにげない作業にもコツがある。
豚の気質が判らないとなかなかトラックに積むことすらできない。
養豚業に限らないが、家畜を飼うのは金と手間がえらくかかる。
源ファームも1ヶ月の豚のえさ代だけでもうん百万円にもなるという。
だから、つねに現金を手に入れるために、週に1回、豚を肉にする。
屠殺は帯広の畜産センターに頼んでいる。

「まとまったお金があればいんだけど、こうでもしないと回らないのよ」

雪をかぶって真っ白に連なる美しい日高山脈を窓外に見ながら、畜産センターまで1時間以上車を走らせる。
トラックの荷台には、120kgまで成長した豚が7頭。

「去年、このトラックをようやく買ったの」
トラックには”源ファーム”と真新しいロゴが印刷されている。

「じつはね、過去に2回、トラックから豚を落としたことがあったの。
結婚当初から、24年間も乗り続けたトラックだったからね。
荷台の底に穴があいてた。
木の荷台の床がボロボロでさ。板で補強しながら使ってたんだけど。
ある日、畜産センターの門の前を走ってたら、豚がその穴から落ちちゃった。
近くで花見をしてた畜産センターの職員が追いかけてくれて。
あんたあんた、豚が落っこってるよって。クククク。

豚はあぁ見えてすごい臆病なんだよ。
だから山に逃げ出すなんてことは無いよ。
落ちたら落ちたまんま。
じっとそこに座ってる。クククク。
もうそんな心配はないけどね」

源さんは口数少ないがその話しはどれも魅力的だ。
だから、みんなついついだまされる。

妻のすみ子さんが言う。
「無理して建てた豚舎の25年ローンが、去年、ようやく払い終わったの。
そしたら今度は新品のトラックでしょ。
また一からローン。
必要なものだから仕方ないんだけど、そういうのお父さん。ちっともわかってくれないんだから」

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mamehicoヒトヒコヒトヒコ14週:大美浪源さん1947年大樹町生まれ。十勝・大樹町、養豚家。源ファーム代表。 豚にホエー(乳精)を飲ませて育てるホエー豚を平成15年より飼い始める。 現在はホエー豚研究会会長。 大樹町で生まれ育ち、帯広の大学を卒業したゲンさんは民間会社に就職した。 しかし、自分がやりたかった製造の仕事をやらせてもらえず、実家の豚屋さんを継ぐことにした。 「一度出てった町に、再び戻ってきたからには、何があってもこの土地でやり続けようと決めたね」 しかし、養豚業はそんなに甘くなかった。 豚肉の相場というのはかなり不安定だ。 100頭そこらの豚では、生活するには頭数が少なすぎた。 そこで、大きな豚舎を建てようと建設資金を借りに、農協へ行った。 しかし農協は融資を受け入れなかった。 けれど、ゲンさんは一度やると決めたことは、やりたいのだ。 やらずに済ますということはない。 金がない。ヒトがいない。経験もない。 やれない理由はいくらでもあったが、こういう場合、結果としてやれないのは、よそ、のせいではない。 やりたいと言い出したヒトの、熱意、が足りないにすぎない。 だから豚舎は建った。 建ったは建ったが、年間75万円の返済を、豚だけでは返せないことが何度もあった。 「そんなときはね、父親が庭に植えた木イチゴをさ、 女房と二人で仕事の合間を縫っては摘んでさ。 せっせとジャムにして瓶に詰めて売ったんだ。 その収入が40万から50万。 それでも足りない。 だから知恵を絞った。 自分たちに可能な現金収入の方法はなにかとね。 それでね、ソーセージとサラミの詰め合わせを年に3回送るというギフトボックスを思いついた。 いろんな知人の紹介で会員を募ったの。 その会員数がたったの20人。 それでもね。 なんとか、返済金に充てることはできたんだよ。 友達が救ってくれたんですよ。 今こうしてあるのは皆さんのおかげ。 感謝の気持ちを忘れたことはない」 ほほに手を当てながら、ニヤッと笑った。 今日は豚を売りに行く日だ。 早朝から豚舎にいる豚をトラックに乗せる。 これが一苦労だ。 なにげない作業にもコツがある。 豚の気質が判らないとなかなかトラックに積むことすらできない。 養豚業に限らないが、家畜を飼うのは金と手間がえらくかかる。 源ファームも1ヶ月の豚のえさ代だけでもうん百万円にもなるという。 だから、つねに現金を手に入れるために、週に1回、豚を肉にする。 屠殺は帯広の畜産センターに頼んでいる。 「まとまったお金があればいんだけど、こうでもしないと回らないのよ」 雪をかぶって真っ白に連なる美しい日高山脈を窓外に見ながら、畜産センターまで1時間以上車を走らせる。 トラックの荷台には、120kgまで成長した豚が7頭。 「去年、このトラックをようやく買ったの」 トラックには'源ファーム'と真新しいロゴが印刷されている。 「じつはね、過去に2回、トラックから豚を落としたことがあったの。 結婚当初から、24年間も乗り続けたトラックだったからね。 荷台の底に穴があいてた。 木の荷台の床がボロボロでさ。板で補強しながら使ってたんだけど。 ある日、畜産センターの門の前を走ってたら、豚がその穴から落ちちゃった。 近くで花見をしてた畜産センターの職員が追いかけてくれて。 あんたあんた、豚が落っこってるよって。クククク。 豚はあぁ見えてすごい臆病なんだよ。 だから山に逃げ出すなんてことは無いよ。 落ちたら落ちたまんま。 じっとそこに座ってる。クククク。 もうそんな心配はないけどね」 源さんは口数少ないがその話しはどれも魅力的だ。 だから、みんなついついだまされる。 妻のすみ子さんが言う。 「無理して建てた豚舎の25年ローンが、去年、ようやく払い終わったの。 そしたら今度は新品のトラックでしょ。 また一からローン。 必要なものだから仕方ないんだけど、そういうのお父さん。ちっともわかってくれないんだから」