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2009/11/10

源ファーム 大美浪源 第二話

1947年大樹町生まれ。十勝・大樹町、養豚家。源ファーム代表。
豚にホエー(乳精)を飲ませて育てるホエー豚を平成15年より飼い始める。
現在はホエー豚研究会会長。

大樹町で生まれ育ち、帯広の大学を卒業したゲンさんは民間会社に就職した。
しかし、自分がやりたかった製造の仕事をやらせてもらえず、実家の豚屋さんを継ぐことにした。

「一度出てった町に、再び戻ってきたからには、何があってもこの土地でやり続けようと決めたね」

しかし、養豚業はそんなに甘くなかった。

豚肉の相場というのはかなり不安定だ。
100頭そこらの豚では、生活するには頭数が少なすぎた。
そこで、大きな豚舎を建てようと建設資金を借りに、農協へ行った。
しかし農協は融資を受け入れなかった。
けれど、ゲンさんは一度やると決めたことは、やりたいのだ。
やらずに済ますということはない。
金がない。ヒトがいない。経験もない。
やれない理由はいくらでもあったが、こういう場合、結果としてやれないのは、よそ、のせいではない。
やりたいと言い出したヒトの、熱意、が足りないにすぎない。

だから豚舎は建った。

建ったは建ったが、年間75万円の返済を、豚だけでは返せないことが何度もあった。


「そんなときはね、父親が庭に植えた木イチゴをさ、
女房と二人で仕事の合間を縫っては摘んでさ。
せっせとジャムにして瓶に詰めて売ったんだ。
その収入が40万から50万。
それでも足りない。
だから知恵を絞った。
自分たちに可能な現金収入の方法はなにかとね。

それでね、ソーセージとサラミの詰め合わせを年に3回送るというギフトボックスを思いついた。
いろんな知人の紹介で会員を募ったの。
その会員数がたったの20人。
それでもね。
なんとか、返済金に充てることはできたんだよ。
友達が救ってくれたんですよ。
今こうしてあるのは皆さんのおかげ。
感謝の気持ちを忘れたことはない」

ほほに手を当てながら、ニヤッと笑った。

今日は豚を売りに行く日だ。
早朝から豚舎にいる豚をトラックに乗せる。
これが一苦労だ。
なにげない作業にもコツがある。
豚の気質が判らないとなかなかトラックに積むことすらできない。
養豚業に限らないが、家畜を飼うのは金と手間がえらくかかる。
源ファームも1ヶ月の豚のえさ代だけでもうん百万円にもなるという。
だから、つねに現金を手に入れるために、週に1回、豚を肉にする。
屠殺は帯広の畜産センターに頼んでいる。

「まとまったお金があればいんだけど、こうでもしないと回らないのよ」

雪をかぶって真っ白に連なる美しい日高山脈を窓外に見ながら、畜産センターまで1時間以上車を走らせる。
トラックの荷台には、120kgまで成長した豚が7頭。

「去年、このトラックをようやく買ったの」
トラックには”源ファーム”と真新しいロゴが印刷されている。

「じつはね、過去に2回、トラックから豚を落としたことがあったの。
結婚当初から、24年間も乗り続けたトラックだったからね。
荷台の底に穴があいてた。
木の荷台の床がボロボロでさ。板で補強しながら使ってたんだけど。
ある日、畜産センターの門の前を走ってたら、豚がその穴から落ちちゃった。
近くで花見をしてた畜産センターの職員が追いかけてくれて。
あんたあんた、豚が落っこってるよって。クククク。

豚はあぁ見えてすごい臆病なんだよ。
だから山に逃げ出すなんてことは無いよ。
落ちたら落ちたまんま。
じっとそこに座ってる。クククク。
もうそんな心配はないけどね」

源さんは口数少ないがその話しはどれも魅力的だ。
だから、みんなついついだまされる。

妻のすみ子さんが言う。
「無理して建てた豚舎の25年ローンが、去年、ようやく払い終わったの。
そしたら今度は新品のトラックでしょ。
また一からローン。
必要なものだから仕方ないんだけど、そういうのお父さん。ちっともわかってくれないんだから」

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