01.jpg長谷川清繁  昭和10年、遠軽生まれ。(写真中央)
貝豆やパンダ豆、ビルマ豆など昔ながらの地豆を扱うべにや長谷川商店の二代目。

平間正一   昭和5年、中湧別生まれ。(写真右)
上湧別に住み、先代より長谷川商店とつきあいのある農家。無農薬で地豆を作っている。


服部行夫     
大正元年、遠軽生まれ。(写真左)
瀬戸瀬地区に、馬とともに暮らしている。馬の堆肥を使い昔と変わらぬやりかたで営む農家。

北海道、上湧別。
この町で豆を作り続けてきた平間正一さん(79)は、この夏ほどひどかった年を知らない。


13-9.jpg畑に出ると、畝には水がたまっている。

長谷川のとうさん「いやいやいや、とうさんどうだい。畑のほうは」

平間のとうさん「いやいやいやいや、どうにもこうにもな」

長谷川のとうさん「とうさん。これは話し通り気の毒だ。かろうじて花つけるかどうかってとこだな」

平間のとうさん「イヤー全くだ。まったく丈が伸びん」

長谷川のとうさん「これだけ雨降るとね、肥料っけが全部下に下がったんじゃないだろうか。
豆そのものには肥料がいかなかったんだな」

平間のとうさん「日照時間も少ないしな」

長谷川のとうさん「地熱もないんだわ、とうさん。これは秋が心配だな」
13-17.jpg平間さんの土地はもともと粘土質で水はけがいいとは言えないところにある。
オホーツクにほど近い上湧別という町は遠軽に比べても冷涼で、昔から冷害の多い場所だ。

瀬戸瀬の服部さんの家に向かう。
あすこはここよりは少しましかもしれない。山間でオホーツク海にも遠く、水はけも悪くない。

長谷川のとうさん「平間のとうさんところは、思った以上に悪いな」

遠軽の隣町、瀬戸瀬。
この町で馬を飼いながら、昔ながらのやりかたで70年農を営んできた服部さんも、こんな年は初めてだ。

服部のとうさん「いやいやー、こっちだってわやくちゃだ。
70年やって初めてだな。100年に一度の雨でないかな。今日もこんなんじゃ店じまいだな」

服部のとうさんはこの年、長谷川商店のすすめで、全国の様々な地豆を実験的に植えていた。
それもこの雨で生育はよくない。
服部のとうさんと長谷川のとうさんに札幌からテレビの取材がきている。
ここ数年、二人はテレビや雑誌、新聞と引っ張りだこなのは、地豆を扱っていることもさることながら、その木訥としながらもユーモアある二人の人柄によるところが断然大きい。
テレビカメラの前でも物怖じすることなく、いつまでも相手が納得するまで話してくれる。

13-19.jpg遠くの山がかすんでいる。
今年、あの山の上に雲のかからない日はなかった。
あの山の雲がとれない限り、晴れることはない。

13-18.jpg

mamehicoヒトヒコヒトヒコ13週:遠軽のとうさん長谷川清繁  昭和10年、遠軽生まれ。(写真中央)貝豆やパンダ豆、ビルマ豆など昔ながらの地豆を扱うべにや長谷川商店の二代目。 平間正一   昭和5年、中湧別生まれ。(写真右)上湧別に住み、先代より長谷川商店とつきあいのある農家。無農薬で地豆を作っている。服部行夫      大正元年、遠軽生まれ。(写真左)瀬戸瀬地区に、馬とともに暮らしている。馬の堆肥を使い昔と変わらぬやりかたで営む農家。 北海道、上湧別。この町で豆を作り続けてきた平間正一さん(79)は、この夏ほどひどかった年を知らない。