yamamichi1.jpg山道帰一-1975年生まれ。
東京・広尾にある台湾烏龍茶専門店「清品茶房 茶通」店主。
マメヒコの中国茶は、すべて山道氏がセレクトしている。
台湾・韓国・中国などアジア各地をはじめ、
世界各国で宗教や哲学、風水を学び風水師としての著書も多数。
台湾で出会ったお茶に惹かれ、台湾政府の認定の茶師の資格を持つ。
茶葉の買い付けは全て自ら台湾各地の茶園に出向き調達している。

五人も座ればいっぱいという席に、なじみの顔が座っている。
テーブルは台湾の高級竹細工ブランド、大禾(ダーハー)のもの。
「かなりした」がどうしてもと買ってきた。
走り出したら止まらない機関車のようなひと。
その生き方は、つねに煙突から湯気を出している機関車のようで、熱が冷めるまでは止まらない。
それが山道帰一(やまみち きいつ)の第一印象だ。

山道「今年の凍頂はここ5年で最高のできです。
鼻から抜ける香りは、んー、フルーツのような、
その土地のミネラル香、なんともいえない香りがする。
しませんか。するでしょう」

すでに20煎は淹れている茶壺に、21煎目のお湯を注ぎ、
山道はさらに機関車のごとくまくし立てた。

山道「すべては茶葉ですね。茶葉がいいか悪いか。
そこらの店で売ってるニセモノでクズの最低茶葉なら
こんなに20煎も(茶の味は)出ない。
んー、まだまだいけますね。自分で言うのもあれですけど、このお茶はすごい。
今年の台湾は寒くて雨が少なかったから早摘みが可能だったんですね。
あんまり(できが)いいから焙煎しないで、
生茶で販売することにしたんですけど、すごい評判です」

yamamichi2.jpg春に仕入れた自慢の凍頂烏龍茶を客に振る舞いながら、
自分もお茶をすすり、ちらりと天井を見る。
凍頂・鹿谷の山間の風景。
霧立つ茶畑の匂い。葉に当たる雨露の音。
五感を使ってこの一杯のお茶がどういうものなのかを探っているとき、山道は天井を見る。

 伝えなければいけないことがいっぱいあるのに、
 全然伝え切れていない。
 
山道帰一、34歳。
機関車のごとく熱い台湾茶師の選ぶ烏龍茶は、彼そのものである。

世界のひとびとの暮らしが自然と溶け込んでいる町、広尾。
この町に山道は台湾烏龍茶の専門店を出した。
2年前のことだ。

10坪ほどの小さな店内では、山道みずからの足と口で茶農家を口説いた、貴重な茶葉を扱っている。
店にあるすべての茶葉は山道が台湾で直接買い付けたものだ。
茶葉は、産地、とれた季節、もちろん味や香りを、すべて試飲して見極め、買い付ける。
当初、山道のお茶はインターネットで売っていたがその品質が評判となり、店を持つまでになった。
今では都内の高級中華レストランほか、マメヒコでも山道のお茶は人気だ。

彼と初めてあった人は、そのエネルギー、タフさに驚くだろう。
とにかく話す。
話す。
話す。
お茶を飲みかわし、いつまでもまた、話す。
たとえば台湾での買い付けでも、
茶農家と一晩でも二晩でもお茶と関係のないことでも、娘さんはお嫁に行ったんですかとか、ぼくは相変わらず独身ですねとか、とことん話し、話した上で、買う。
彼は、たとえどんなにいいお茶だろうと、茶葉を生産している茶農家を信用できなければ買わない。
そして茶農家も山道を信用しているから、彼のために良いお茶を誰にも売らず待っている。

 
yamamichi4.jpg店内にはお茶の入った紅い缶が並んでいる。
これは、山道が熱く築いてきた人間関係そのものなのだ。
棚の奥に茶盤がついたダーハーの竹テーブルがある。
そこでは店内のすべての茶葉が無料で試飲できる。
「茶葉も買わず試飲だけして帰るお客もいる」と、
怒った顔をして言うが、実のところあまり気にしていない。

風水師としても知られ、他にもWEB制作会社も経営している彼の毎日は多忙だ。
執筆や講演の合間を縫って、台湾に茶葉を買い付けに行き、時間があれば店でお茶を淹れる。

山道「あすこはマズイ!そっちはインチキ!あれはニセモノ!ここは極悪非道!あっちはペテン師!」
都内、台北の有名店も山道にかかればこんな具合にけちょんけちょんだ。

山道「日本国内でうちに勝る台湾烏龍茶を扱っている店に、出会ったことがない」

yamamichi5.jpg悪口もはばかることなくまくし立てる。
あり余るエネルギーの矛先は店のスタッフにも向けられる。
スタッフは苦虫を噛むような顔をして聞いている。
しかし、口は悪いが、心根は優しく繊細だということは、
彼をよくよく知る人はわかっている。
だから気の置けない友人やスタッフを前にすれば
山道のボルテージは上がり、どんどん口から湯気が出る。
しかしそれは山道なりのサービスなのだ。お茶請けなのだ。

その有り余るエネルギーは熱が冷めるまでは止まらない。止められないのだ。

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mamehicoヒトヒコヒトヒコ11週:山道帰一さん山道帰一-1975年生まれ。東京・広尾にある台湾烏龍茶専門店「清品茶房 茶通」店主。マメヒコの中国茶は、すべて山道氏がセレクトしている。台湾・韓国・中国などアジア各地をはじめ、世界各国で宗教や哲学、風水を学び風水師としての著書も多数。台湾で出会ったお茶に惹かれ、台湾政府の認定の茶師の資格を持つ。茶葉の買い付けは全て自ら台湾各地の茶園に出向き調達している。 五人も座ればいっぱいという席に、なじみの顔が座っている。テーブルは台湾の高級竹細工ブランド、大禾(ダーハー)のもの。「かなりした」がどうしてもと買ってきた。走り出したら止まらない機関車のようなひと。その生き方は、つねに煙突から湯気を出している機関車のようで、熱が冷めるまでは止まらない。それが山道帰一(やまみち きいつ)の第一印象だ。 山道「今年の凍頂はここ5年で最高のできです。鼻から抜ける香りは、んー、フルーツのような、その土地のミネラル香、なんともいえない香りがする。しませんか。するでしょう」 すでに20煎は淹れている茶壺に、21煎目のお湯を注ぎ、山道はさらに機関車のごとくまくし立てた。 山道「すべては茶葉ですね。茶葉がいいか悪いか。そこらの店で売ってるニセモノでクズの最低茶葉ならこんなに20煎も(茶の味は)出ない。んー、まだまだいけますね。自分で言うのもあれですけど、このお茶はすごい。今年の台湾は寒くて雨が少なかったから早摘みが可能だったんですね。あんまり(できが)いいから焙煎しないで、生茶で販売することにしたんですけど、すごい評判です」 春に仕入れた自慢の凍頂烏龍茶を客に振る舞いながら、自分もお茶をすすり、ちらりと天井を見る。凍頂・鹿谷の山間の風景。霧立つ茶畑の匂い。葉に当たる雨露の音。五感を使ってこの一杯のお茶がどういうものなのかを探っているとき、山道は天井を見る。  伝えなければいけないことがいっぱいあるのに、 全然伝え切れていない。 山道帰一、34歳。機関車のごとく熱い台湾茶師の選ぶ烏龍茶は、彼そのものである。 世界のひとびとの暮らしが自然と溶け込んでいる町、広尾。この町に山道は台湾烏龍茶の専門店を出した。2年前のことだ。 10坪ほどの小さな店内では、山道みずからの足と口で茶農家を口説いた、貴重な茶葉を扱っている。店にあるすべての茶葉は山道が台湾で直接買い付けたものだ。茶葉は、産地、とれた季節、もちろん味や香りを、すべて試飲して見極め、買い付ける。当初、山道のお茶はインターネットで売っていたがその品質が評判となり、店を持つまでになった。今では都内の高級中華レストランほか、マメヒコでも山道のお茶は人気だ。 彼と初めてあった人は、そのエネルギー、タフさに驚くだろう。とにかく話す。話す。話す。お茶を飲みかわし、いつまでもまた、話す。たとえば台湾での買い付けでも、茶農家と一晩でも二晩でもお茶と関係のないことでも、娘さんはお嫁に行ったんですかとか、ぼくは相変わらず独身ですねとか、とことん話し、話した上で、買う。彼は、たとえどんなにいいお茶だろうと、茶葉を生産している茶農家を信用できなければ買わない。そして茶農家も山道を信用しているから、彼のために良いお茶を誰にも売らず待っている。   店内にはお茶の入った紅い缶が並んでいる。これは、山道が熱く築いてきた人間関係そのものなのだ。棚の奥に茶盤がついたダーハーの竹テーブルがある。そこでは店内のすべての茶葉が無料で試飲できる。「茶葉も買わず試飲だけして帰るお客もいる」と、怒った顔をして言うが、実のところあまり気にしていない。 風水師としても知られ、他にもWEB制作会社も経営している彼の毎日は多忙だ。執筆や講演の合間を縫って、台湾に茶葉を買い付けに行き、時間があれば店でお茶を淹れる。 山道「あすこはマズイ!そっちはインチキ!あれはニセモノ!ここは極悪非道!あっちはペテン師!」都内、台北の有名店も山道にかかればこんな具合にけちょんけちょんだ。 山道「日本国内でうちに勝る台湾烏龍茶を扱っている店に、出会ったことがない」 悪口もはばかることなくまくし立てる。あり余るエネルギーの矛先は店のスタッフにも向けられる。スタッフは苦虫を噛むような顔をして聞いている。しかし、口は悪いが、心根は優しく繊細だということは、彼をよくよく知る人はわかっている。だから気の置けない友人やスタッフを前にすれば山道のボルテージは上がり、どんどん口から湯気が出る。しかしそれは山道なりのサービスなのだ。お茶請けなのだ。 その有り余るエネルギーは熱が冷めるまでは止まらない。止められないのだ。