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菊地良三(よしみ)-珈琲焙煎師。札幌 菊地珈琲代表。67歳。
1941年(昭和16年)北海道・音更出身。
ジャガイモや豆を作る畑作農家に生まれる。8人兄弟。
札幌の大学を卒業後、大手珈琲商社に就職し、45歳で独立。自家焙煎珈琲
の店「菊地珈琲 キクチ珈琲」を開業した。
http://www.kikuchicoffee.co.jp
長年の経験による独自の珈琲は、主に札幌市内の喫茶店に届けられている。
2005年以降、都内では唯一、カフエ マメヒコに珈琲豆を卸している。

「これだけの量をこのスピード、このクオリティで焼けるところは、他では中々ないと思います。逆に必要とあれば、この釜で2キロ程度の豆でも焼きますよ。これは結構技術がいるんですけど」

現在、菊地珈琲の焙煎を一手に担っているのは実は息子の博樹である。道内で4人しかいないという「珈琲インストラクター1級」の資格をもつ博樹は、珈琲のあらゆる事に関するエキスパートとして、焙煎のみならず、豆の仕入れから出荷まで菊地珈琲のすべてを取り仕切っている。 

しかも多忙な日々の合間を縫っては、より良い豆を求めて海外へも足を運んでいる。

5年前、最新鋭の焙煎機を2号店に導入した。
「LG-30」。

一度に最大30キロ以上もの豆を焼くことができる高級大型ロースターである。釜の温度はコンピューターで制御され、設定した数値に向けて徐々に上昇していく。

博樹「見た目は同じ焼き具合の焙煎でも、どこに燃焼曲線のピークを持っていくかで味はがらっと変わります」

博樹は工業大学でロボット制御学を学び、学生時代はロボットづくりに夢中になった。
父・菊地は工業大学でロボットを専攻する息子が、まさか家業を継ぐとは思ってもみなかった。

菊地「博樹が大学生の時に教授に呼びだされたことがあったんだよ。『お宅の息子がなんだかわけのわからんところに就職すると言いだしてる』と」

vol1-4-2.jpg菊地は困った顔をして話し続けた。

菊地「教授が言うんだ。
『お宅の息子さんは、なんとか珈琲とかいう小さな喫茶店に就職すると言いだしている。あのね、お父さん。博樹君は優秀だ。だから言ってやってください。そんな馬鹿なところに就職なんかしたら人生を棒に振るぞってね』

やんなっちゃったよ。そのなんとか珈琲ってうちの店なんだもん。教授は博樹が珈琲屋のせがれだって知らなかったんだ。まったく恥ずかしくて顔あげられなかったよ」

菊地も人の親である。息子が親に内緒で父の家業を継ぐことを決意してると聞いて嬉しくないわけがない。

エンジニア気質の博樹は、父・良三が40年来培ってきた膨大な経験値や焙煎技術を分析し、菊地珈琲の独自の焙煎理論を構築しようとしている。そしてさらなる新しい珈琲を目指しているのだ。

博樹の言葉の端々には焙煎への確固たる自信が垣間見える。

vol1-4-3.jpgどうしてあの時、父の仕事を継ごうと思ったのですか。 

きっとそう聞いたところで、息子ははぐらかすだろう。
いやきっと答えられないのだ。
息子は大手企業から独立した父が、自営でやる苦労をじっと横で見てきたのだ。それを支えた母も見てきているのだ。

そのうえで24歳の自分はきちんと決意したのだ。
しかしその博樹も今年で38歳になる。
父が独立した歳に近づいている。

もはや父の足あとの上に自分の足あとを重ねる「楽しさ」と「重さ」。その両方を知っている。

なぜ継いだのですか。
なぜだろう。

父が跳べない高いハードルを、跳ぼうとしているいまは、どんな答えもたぶんしっくりこない。

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mamehicoヒトヒコヒトヒコ1週:菊地良三さん菊地良三(よしみ)-珈琲焙煎師。札幌 菊地珈琲代表。67歳。1941年(昭和16年)北海道・音更出身。ジャガイモや豆を作る畑作農家に生まれる。8人兄弟。札幌の大学を卒業後、大手珈琲商社に就職し、45歳で独立。自家焙煎珈琲の店「菊地珈琲 キクチ珈琲」を開業した。http://www.kikuchicoffee.co.jp長年の経験による独自の珈琲は、主に札幌市内の喫茶店に届けられている。2005年以降、都内では唯一、カフエ マメヒコに珈琲豆を卸している。 「これだけの量をこのスピード、このクオリティで焼けるところは、他では中々ないと思います。逆に必要とあれば、この釜で2キロ程度の豆でも焼きますよ。これは結構技術がいるんですけど」 現在、菊地珈琲の焙煎を一手に担っているのは実は息子の博樹である。道内で4人しかいないという「珈琲インストラクター1級」の資格をもつ博樹は、珈琲のあらゆる事に関するエキスパートとして、焙煎のみならず、豆の仕入れから出荷まで菊地珈琲のすべてを取り仕切っている。  しかも多忙な日々の合間を縫っては、より良い豆を求めて海外へも足を運んでいる。 5年前、最新鋭の焙煎機を2号店に導入した。「LG-30」。 一度に最大30キロ以上もの豆を焼くことができる高級大型ロースターである。釜の温度はコンピューターで制御され、設定した数値に向けて徐々に上昇していく。 博樹「見た目は同じ焼き具合の焙煎でも、どこに燃焼曲線のピークを持っていくかで味はがらっと変わります」 博樹は工業大学でロボット制御学を学び、学生時代はロボットづくりに夢中になった。父・菊地は工業大学でロボットを専攻する息子が、まさか家業を継ぐとは思ってもみなかった。 菊地「博樹が大学生の時に教授に呼びだされたことがあったんだよ。『お宅の息子がなんだかわけのわからんところに就職すると言いだしてる』と」 菊地は困った顔をして話し続けた。 菊地「教授が言うんだ。『お宅の息子さんは、なんとか珈琲とかいう小さな喫茶店に就職すると言いだしている。あのね、お父さん。博樹君は優秀だ。だから言ってやってください。そんな馬鹿なところに就職なんかしたら人生を棒に振るぞってね』 やんなっちゃったよ。そのなんとか珈琲ってうちの店なんだもん。教授は博樹が珈琲屋のせがれだって知らなかったんだ。まったく恥ずかしくて顔あげられなかったよ」 菊地も人の親である。息子が親に内緒で父の家業を継ぐことを決意してると聞いて嬉しくないわけがない。 エンジニア気質の博樹は、父・良三が40年来培ってきた膨大な経験値や焙煎技術を分析し、菊地珈琲の独自の焙煎理論を構築しようとしている。そしてさらなる新しい珈琲を目指しているのだ。 博樹の言葉の端々には焙煎への確固たる自信が垣間見える。 どうしてあの時、父の仕事を継ごうと思ったのですか。  きっとそう聞いたところで、息子ははぐらかすだろう。いやきっと答えられないのだ。息子は大手企業から独立した父が、自営でやる苦労をじっと横で見てきたのだ。それを支えた母も見てきているのだ。 そのうえで24歳の自分はきちんと決意したのだ。しかしその博樹も今年で38歳になる。父が独立した歳に近づいている。 もはや父の足あとの上に自分の足あとを重ねる「楽しさ」と「重さ」。その両方を知っている。 なぜ継いだのですか。なぜだろう。 父が跳べない高いハードルを、跳ぼうとしているいまは、どんな答えもたぶんしっくりこない。