メヒコ

うん。先ほどもいらした。

井川 ボクは生まれは札幌なんですね。育ちは東京ですけど。
だから三歳までの記憶として北海道の風景というのは原風景として残っている。
たとえばサイロだとか、牧場だとかって言うのもそうだし、
赤い屋根の牛小屋というのもそうだし。
そういうものが大人になるにつれて、失くなってゆくのがつまらないなと、
そういう思いがずっとあった。
メヒコ そうなんですね。
井川 で、小屋ならプレハブとか2×4とかじゃなく、
そういうものは安く済むんだけども、
そういうものをつまらないと思ってますから。
簡素で素朴だけども懐かしいものを建てたかったんですね。
メヒコ うんうん。
井川 ほんとは、どこか離農した農家の古い小屋を移築してきたかったんです。
冬場ここで暮らすわけじゃないし、断熱材なんかいらない。
ただ、土間があって、お茶が飲めて。
そういう小屋をどこかから運んできたかった。
でも、そういうのはいざやろうと思ってできることじゃないですね。
そういう小屋はあちこちにあるんだけども。
メヒコ うん、このあたりを走ってても、
古い空き家はいっぱいあるわね。
井川 下見板というんですけど、横貼りの壁にトタン屋根の小屋を
建てたいと思っていたところに、
大工さんに会った。
メヒコ うん。
井川 それで、こういうのを建てたいと言ったら、
じゃあ、あぁして、こうして、ここはこうで、こっちはこうでと。
メヒコ 話しが早かった。
井川 そうですね。
そしたらボクも、だったらこうじゃなくて、こうで、こっちもこうがいいと。
メヒコ そしたら向こうも、じゃぁ、こうじゃないか、そっちはこうだろう。
井川 そうそう。そういうタイプの人だった。
それでこうなったんですけど、
いやぁもうびっくりしました。
もうできあがったもの見て、ただただ、はぁ。すごいね大工さんていう。
すごい人だったんだねと言う。
メヒコ どういうところがすごいの?
井川 これは在来工法という建物なんですね。
在来種の豆に在来工法の豆小屋。
メヒコ どちらも「昔ながら」ということでしょ。
井川 そう。
でまず、地面に杭を打ちます。これは地杭と言いまして、まずこれを
手で深く深く掘って穴を開ける。そのあと杭を差して打っていく。
それで水平になるようにその杭を切って、
それが基礎となるんですね。
メヒコ コンクリートで固めたりはしないのね?
井川 しないんですね。ただ杭を打つだけ。
メヒコ それから?
井川 そこに柱をまっすぐ立てていくわけです。
これがラフなボクらが書いた図面です。
これを元に大工の佐藤さんが、
こうしてあぁしてと、組み立てていくわけですけど。
メヒコ 広さは10坪。土間と簡単な物置があるのね。
井川 そう。電気も水道もない、ただの小屋です。
ほんとはプレハブ小屋でインだろうけど、それではなんかヤだったんですね。
メヒコ そんなときに佐藤さんに会った。
井川 そう。とにかく、イメージ描いてもっといで、作っちゃるからって言うんで、
描いてみた。
メヒコ うんうん。
井川 最初は簡素なものを描いてみたんだけど、
なんとなく、北海道らしいものに描き直したんですね。それは屋根です。
 
メヒコ たしかに屋根が北海道っぽいわね。
井川 こういう屋根は「ギャンブレル屋根」といって、畜舎によく使われてるんですね。
こうすることで、屋根裏が高く取れる。
干し草を蓄えるのに向いてるんですね。
メヒコ ほうほう。
井川 赤いトタンのギャンブレル屋根のデザインに変えました。
実際には屋根裏はないんですけど。
というのも実際ギャンブレル屋根にするには
もっともっと高い建物じゃなくちゃおかしんですね。
この小屋はずんぐりむっくりで、若干屋根もいびつです(笑)。
屋根がトタンなのは雪が滑り落ちやすいようにです。
それから、玄関が二重玄関なんですね。
寒さが家の中に入り込まない様に、
玄関が二重になってる。
メヒコ だから玄関が出っ張ってるの?
井川 そうですね。
メヒコ でもあなたたち、ここで暮らすわけじゃないでしょ。
井川 はい。
メヒコ 冬もいないんでしょ?
井川 えぇまぁ。
メヒコ 意味ないじゃない。
井川 たしかに意味ないですけど、でも、たかが小屋ですけど、
ほんとうに手間をかけて、いろんな工夫がされてるんです。
メヒコ そうなの?
井川 大工の佐藤さんと米山さんとは大樹町の小学校時代からの
幼なじみなんですね。
ともに馬車で学校に通ってたという、戦前の生まれです。
そういうひとたちの知恵というものに、なるたけ触れるというのが、
ここでハタケをやってるボクらの大きな理由のひとつなんですね。
2人とも大手を振って自慢したりするわけじゃないけど、
なんていうかな、とにかく知恵と工夫を必ずやる。
メヒコ あの時代を生き抜いてきたというのは、工夫と知恵が頼りだものね。
井川 そういうものはお二人には感じます。
この小屋は何度も言うのだけど、ただの物置小屋なんですよ。
それがほんとにきちんと作られている。
ボクの思いつきでデザインしたものだけど、
それを作る上で理にかなった知恵にはほんとすごいなと思った。
まず佐藤さんは自分の工場で、材木からひとつずつ材料を切り出してきます。
それを現場で組み立てていくんですけど、
こう言ったらなんだけど、
佐藤さんて普段はどうでもいいことばっかりしゃべってる
愉快なおじいちゃんという感じの人なんだと断っておきますよ。
ほんとにおしゃべりで、優しくてニコニコと他愛ない話をしてる。
それで大した図面もなく耳に鉛筆を差して、現場でちゃっちゃっか
骨組みを組み立ててく。
メヒコ はいはい。
井川 この骨組みの時には、まだそのすごさというのはわかんなかったんだな。誰も。
メヒコ この骨組み、実はすごいんだ。
井川 実はとんでもなくすごいんですよ。
メヒコ すごいかどうか全然わかんない。
井川 よく見ると木が縦と横に縦横無尽に組まれてますね。
その一本一本に名前があり、そして意味があるんです。
メヒコ そうなの。
井川 そして、その木を組むためにちゃんとホゾが彫ってある。
それが寸分違わず、木目を計算して彫ってあるんです。
すごいでしょ。
メヒコ すごさがよくわかんない。
井川 それをあの、あの佐藤さんが、寸分違わず、図面もなしにピシッと
仕上げてるんですよぉ。
これはほんとにすごいことなんだけどな、歯がゆいなぁ。全然伝わってない。
mamehicoハタケマメヒコ '10 十勝メヒコの部屋メヒコ うん。先ほどもいらした。 井川 ボクは生まれは札幌なんですね。育ちは東京ですけど。 だから三歳までの記憶として北海道の風景というのは原風景として残っている。 たとえばサイロだとか、牧場だとかって言うのもそうだし、 赤い屋根の牛小屋というのもそうだし。 そういうものが大人になるにつれて、失くなってゆくのがつまらないなと、 そういう思いがずっとあった。 メヒコ そうなんですね。 井川 で、小屋ならプレハブとか2×4とかじゃなく、 そういうものは安く済むんだけども、 そういうものをつまらないと思ってますから。 簡素で素朴だけども懐かしいものを建てたかったんですね。 メヒコ うんうん。 井川 ほんとは、どこか離農した農家の古い小屋を移築してきたかったんです。 冬場ここで暮らすわけじゃないし、断熱材なんかいらない。 ただ、土間があって、お茶が飲めて。 そういう小屋をどこかから運んできたかった。 でも、そういうのはいざやろうと思ってできることじゃないですね。 そういう小屋はあちこちにあるんだけども。 メヒコ うん、このあたりを走ってても、 古い空き家はいっぱいあるわね。 井川 下見板というんですけど、横貼りの壁にトタン屋根の小屋を 建てたいと思っていたところに、 大工さんに会った。 メヒコ うん。 井川 それで、こういうのを建てたいと言ったら、 じゃあ、あぁして、こうして、ここはこうで、こっちはこうでと。 メヒコ 話しが早かった。 井川 そうですね。 そしたらボクも、だったらこうじゃなくて、こうで、こっちもこうがいいと。 メヒコ そしたら向こうも、じゃぁ、こうじゃないか、そっちはこうだろう。 井川 そうそう。そういうタイプの人だった。 それでこうなったんですけど、 いやぁもうびっくりしました。 もうできあがったもの見て、ただただ、はぁ。すごいね大工さんていう。 すごい人だったんだねと言う。 メヒコ どういうところがすごいの? 井川 これは在来工法という建物なんですね。 在来種の豆に在来工法の豆小屋。 メヒコ どちらも「昔ながら」ということでしょ。 井川 そう。 でまず、地面に杭を打ちます。これは地杭と言いまして、まずこれを 手で深く深く掘って穴を開ける。そのあと杭を差して打っていく。 それで水平になるようにその杭を切って、 それが基礎となるんですね。 メヒコ コンクリートで固めたりはしないのね? 井川 しないんですね。ただ杭を打つだけ。 メヒコ それから? 井川 そこに柱をまっすぐ立てていくわけです。 これがラフなボクらが書いた図面です。 これを元に大工の佐藤さんが、 こうしてあぁしてと、組み立てていくわけですけど。 メヒコ 広さは10坪。土間と簡単な物置があるのね。 井川 そう。電気も水道もない、ただの小屋です。 ほんとはプレハブ小屋でインだろうけど、それではなんかヤだったんですね。 メヒコ そんなときに佐藤さんに会った。 井川 そう。とにかく、イメージ描いてもっといで、作っちゃるからって言うんで、 描いてみた。 メヒコ うんうん。 井川 最初は簡素なものを描いてみたんだけど、 なんとなく、北海道らしいものに描き直したんですね。それは屋根です。   メヒコ たしかに屋根が北海道っぽいわね。 井川 こういう屋根は「ギャンブレル屋根」といって、畜舎によく使われてるんですね。 こうすることで、屋根裏が高く取れる。 干し草を蓄えるのに向いてるんですね。 メヒコ ほうほう。 井川 赤いトタンのギャンブレル屋根のデザインに変えました。 実際には屋根裏はないんですけど。 というのも実際ギャンブレル屋根にするにはもっともっと高い建物じゃなくちゃおかしんですね。この小屋はずんぐりむっくりで、若干屋根もいびつです(笑)。 屋根がトタンなのは雪が滑り落ちやすいようにです。 それから、玄関が二重玄関なんですね。 寒さが家の中に入り込まない様に、 玄関が二重になってる。 メヒコ だから玄関が出っ張ってるの? 井川 そうですね。 メヒコ でもあなたたち、ここで暮らすわけじゃないでしょ。 井川 はい。 メヒコ 冬もいないんでしょ? 井川 えぇまぁ。 メヒコ 意味ないじゃない。 井川 たしかに意味ないですけど、でも、たかが小屋ですけど、 ほんとうに手間をかけて、いろんな工夫がされてるんです。 メヒコ そうなの? 井川 大工の佐藤さんと米山さんとは大樹町の小学校時代からの幼なじみなんですね。 ともに馬車で学校に通ってたという、戦前の生まれです。 そういうひとたちの知恵というものに、なるたけ触れるというのが、 ここでハタケをやってるボクらの大きな理由のひとつなんですね。 2人とも大手を振って自慢したりするわけじゃないけど、 なんていうかな、とにかく知恵と工夫を必ずやる。 メヒコ あの時代を生き抜いてきたというのは、工夫と知恵が頼りだものね。 井川 そういうものはお二人には感じます。 この小屋は何度も言うのだけど、ただの物置小屋なんですよ。 それがほんとにきちんと作られている。 ボクの思いつきでデザインしたものだけど、 それを作る上で理にかなった知恵にはほんとすごいなと思った。 まず佐藤さんは自分の工場で、材木からひとつずつ材料を切り出してきます。 それを現場で組み立てていくんですけど、 こう言ったらなんだけど、 佐藤さんて普段はどうでもいいことばっかりしゃべってる 愉快なおじいちゃんという感じの人なんだと断っておきますよ。 ほんとにおしゃべりで、優しくてニコニコと他愛ない話をしてる。 それで大した図面もなく耳に鉛筆を差して、現場でちゃっちゃっか 骨組みを組み立ててく。 メヒコ はいはい。 井川 この骨組みの時には、まだそのすごさというのはわかんなかったんだな。誰も。 メヒコ この骨組み、実はすごいんだ。 井川 実はとんでもなくすごいんですよ。 メヒコ すごいかどうか全然わかんない。 井川 よく見ると木が縦と横に縦横無尽に組まれてますね。 その一本一本に名前があり、そして意味があるんです。 メヒコ そうなの。 井川 そして、その木を組むためにちゃんとホゾが彫ってある。 それが寸分違わず、木目を計算して彫ってあるんです。 すごいでしょ。 メヒコ すごさがよくわかんない。 井川 それをあの、あの佐藤さんが、寸分違わず、図面もなしにピシッと 仕上げてるんですよぉ。 これはほんとにすごいことなんだけどな、歯がゆいなぁ。全然伝わってない。