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2014/12/18

ハタケマメヒコについて3

□ハタケマメヒコを始める

 
ただですね。
在来種を作る農家の方々と付き合ってみると、
残念ながらみなさん元気だけれど、大層なご高齢なんです。
豆の生産は採算ベースに乗らないからか、
若い農家が始めることは難しく、
極めてマイノリティーな存在なんですね。

 
このまま行くと、近いうちに良質の豆が
手に入らなくなるだろうなと危惧しました。
そしてある年、それが現実になりました。
北海道の遠軽の豆が悪天候で不作となり、
うちに豆が入ってこなくなったんです。

 
それで、渋谷にあるマメヒコで
『緊急!!豆サミット』というイベントを企画して、
遠軽の豆農家さんを呼んで、
東京のお客さんに今の現状を話してもらおうと考えました。
良い機会だと思ったんです。

 
このイベントが、ハタケマメヒコをやろうと
決意するきっかけになりました。
誰だって、いまの東京一極の現状を憂いている。
東京の消費者も、地方の生産者も、
現状を直視すれば、
このままではダメだという結論は同じになる。
けれど、それに対して、
なにか決め手となるアイディアが
サミットで出たかと言ったら出なかった。

 
小さな農家が生き残れない、
日本の農業政策が悪いみたいな話になってしまいました。

 
それはね、そうなんだろうけど、
そんなテレビの討論番組で言っているようなことを
小さなカフェが言っても、
なんの意味も無いなとボクは会を終えて思いました。

 
養老孟司さんの本だったか
インタビュー記事だったか忘れましたけど、
「東京と地方の労働者を流動化させないと、
地方は地方で年寄りばっかりになっちゃうし、
東京は東京であくせく働いてるだけで疲れちゃうから、
行ったり来たりするのがこれからはいいんじゃないか。
農業もそうしたほうがいい」
というようなことが書いてあって、
現実的な提案だという気がしました。
これならマメヒコでもできそうだと。

 
それで東京のマメヒコで働くスタッフが
5月から11月は北海道に住んで畑仕事をして、
冬になったら東京に戻ってまたカフェで働くという
ハタケマメヒコを始めてみようと思ったんです。

□十勝・大樹町で始める(2010年)

 
大樹町(北海道広尾郡)という南十勝の小さな町に、
砂田正好さんというスーパーマーケットの社長さんがいるんです。
この方がマメヒコを始めるときも、
始めてからも、ほんとうに力になってくれました。
北海道から豆を取引する上で大変力になってくれたんです。
そういう付き合いから十勝でハタケになりそうなところを
色々と一緒に見て回り、
大樹町に1haくらいの土地を借りることができました。
荒れ地だったので開墾に近いところから
始めなくてはいけないんだけれど、
とにかく贅沢は言わず実行に移さなくてはと思ったんですね。

 
初めての農業体験だけれど、
豆の生産ならやってやれないことはないなと思ったんです。
それには3つの理由がある。

 
①栽培するのにそんなに手間がかからないこと
 
②根粒菌があるから肥料も要らないこと、
 
③乾物だから収穫と消費をコントロールできること。

 
とくに③が一番大きいんです。

 
ハタケではニンジンやカボチャ、
とうもろこしも作っていますけど、
食べごろが短すぎて東京の都合に合わせられないんです。

 
たとえばとうもろこしは美味しくて人気があります。
美味しくするために晴れた日の朝に収穫しますでしょ。
だけどすぐに味が変わってしまうので、
その日のうちにクール航空便で東京に送るとする。
するとその時点で販売価格の大半は物流コストとなってしまいます。
受け手の東京としても突然、
とうもろこしを送って来られても困るんです。
東京の都合とハタケの都合を合わせるのは
余程コミュニケーションが長けていないと、
どちらも不愉快になってしまう。

 
その点、豆は乾物になりますから。
乾燥してしまえば、翌年に持ち越したっていい。
コンビニエンスなんですね。
使う時は東京の都合で戻せばいいし、
作り手も自分たちハタケの都合で乾燥豆を作ればいい。

 
乾燥豆・乾物をモチーフにしたカフエ マメヒコを
やってよかったと一番感じるのは、ハタケでできた豆を使う時です。

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