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2014/12/01

「マメとクルミの朝」第10回目

11/22(土)第10回目
語り手→マメヒコの井川 

『高倉健とサンドイッチ論』

実は、以前、マメヒコで劇をやったとき、

高倉健さんに出演をお願いしたことがありました。

もちろん丁重にお断りされましたが。

さて、高倉健さんの話しから…、今回もあちらこちらへと、発展しました。

———-

ヒトには色々なタイプがいますよね。
ボクはヒトを見るときに、
サンドイッチを考えるんですね。

どういうことかというと、
マメヒコのサンドイッチには、
具とパンとパセリがあります。
ハムやチーズというその名が
そのままサンドイッチの名前となる主役がいます。
かたや脇役のパセリがいます。

これ人間にも当てはまるんですね。

パセリみたいなヒトっているでしょ。
どこにでも顔出してるんだけど、存在感の薄いヒト。
こういうヒトはハムチーズに憧れてしまうんですね。

「出番は多いけど、どうせわたしなんか食べてくれないもん」て。

パセリはいじけているんです。
ハムチーズのことがうらやましくてしかたない。

でも、ハムチーズはパセリに目を細めているものです。
パセリはいろんなところで必要とされている。
ハムチーズのように名指しで声はかからないかもしれないけれど、
パセリはいつでも、どこでも顔を出せる存在です。
素晴らしいじゃないですか。
素晴らしくありませんか。

高倉健さんは決してパセリになりませんでした。
高倉サンドであろうとした。

高倉サンド、ひとつ!と、注文がなければ、参加しなかった。
それは、とてつもない孤独、悲哀、を背負ったということです。

精神力が必要ですね、ハムチーズとして生きていくと決めたヒトには。

高倉健さんだって、いつだってパセリに回るチャンスはあったはずです。
しかし、そうなさらなかった。

高倉健さんが書かれた
「あなたに褒められたくて」という本があるんです。
一生懸命俳優として頑張ってきたけど、
母にただの一度も褒めてもらえなかったと。
褒められたい一心で俳優を続けてきたけど、
お母さんが亡くなるまで、一度も褒められなかったと。

高倉健さんになぜパセリにならなかったんだと、ボクは聞いてみたかった。

みんな、ハムチーズに憧れますけど、なりませんね。

なれないんじゃないんですよ。

ならないんですよ。

ハムチーズの不幸を知っているからです。

ハムチーズに較べたらパセリはどれだけ幸せかを知っているからです。

サンドイッチを食べるとき、
パンやハムチーズ、パセリ、それぞれの悲哀を考えてみてください。

みなさん苦笑していますね。
「わたしはパセリだわ」と感じて笑ったんじゃないかしら。

人間は生きていればいろいろな局面があります。
仕事でどうしても成果をあげられないと思っているヒトがいるだろうと思いますね。
でもね。そのたびに、リセットボタンを押すのは止めたほうがいい。
自分のなかの弱さを認めて、柔軟性を持って生きていったほうがいいと思います。
その局面によって、気持ちを切り替えていけばいんです。

そして、ビビンバとパセリの時代?になってきたという話しになって…。

世の中が上り坂から下り坂へ向かっている。
過渡期ですね。

上り坂のときに通用した大きな枠組みのやり方では、
どうも下り坂にはうまく機能しないことがわかってきた。

小さな社会では、専門性を極めたところで、

ボクは生きにくくなるだろうと思いますよ。

俳優だけを極めると言っても、小さな社会では難しい。
高倉健さんはおそらく21世紀の日本にはもう生まれない。
22世紀になればわからないけど。

これだけやってれば食いっぱぐれない、

というわけにはいかなくなってくる。
そういう時代には、
あれもこれもどれもそれもやって、リスクを下げていくしかないと思います。

雑に生きる、「雑のススメ」です。
カフェなのに、ハタケもやるし、映画もやる。
いくつもかけもちして、ごちゃまぜにしながらやっていく。
馬鹿にされても、もちろんされてますよボクも、

だけど、なんでもビビンバにしてやっていくほうがいいと思っています。

  

  

そして、これからはルール作りではなく、
人間性を考慮した緩やかな枠組みが大事だという話しになりました。

  

 

世の中、人手不足と言われています。
看護師さんも集まらないと聞きました。
免許を持っているけど、働いていないヒトも大勢いるそうです。

この前、ある看護師さんに聞いて驚いたのは、
「注射を刺している途中でも、上がり時間が来たら
次の人にバトンタッチする切り替えがないとだめだと」
そのくらいの割り切りがないと、
看護師さんの個々に対する負担は減らないんだと。
そして、その負担が減らないと不足も解消されないんだと。

さて、そんなことができるんでしょうか。
できないと思います。
注射器を刺してる途中で帰っちゃえるヒトは

看護師さんにならないと思う。

その根っこを崩しちゃうと病院なのに、

ホスピタリティがなくなってしまって、
看護師さん不足は解消されても、別な問題が必ず起きます。

だからね。

ルールとして明文化できないところで、
なんとか頑張ってやっていくしかないんですよ。

もちろん、そんなこと、どこの病院も、職場も、
当然やっておられると思いますけど。

このヒトには無理してもらう。
このヒトには強要はしない。
そういう塩梅を決められるヒトが要るんだと思います。

職場にも長老がいるようなところはいいですよね。
会社が決めたルールじゃない、
長老の気分で物事を遂行していく。
長というのはルールを遂行するための番犬じゃダメですよ。

おまえはダメな時期だから、しばらくサボってろ。
そういうことを言うのが、長の役割だとボクは思います。

 

———-

 

困ったことがあっても、いちいちリセットせず、
柔軟性を持って、
好き勝手に生きてみたらどうでしょう。

ということが、全体を通しての締めくくりでした。

毎日を楽しく元気に過ごしましょう。

疲れたときはマメクルへいらしてみてください。

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