波紋について

店のテーブルの上に赤ちゃんが乗っていたと。

その赤ちゃんは、まだオムツをしていて、
オムツをはいたまま、
テーブルの上をハイハイしたり、
お座りしたり、よだれのついた手で
塩こしょうの瓶をつかんでいたと。
その子の両親は脇にちゃんといて、それをなんらとがめる様子もなく、
へいちゃらな感じだったと。
オムツは汚いものでしょ?
そういうものが食卓である店のテーブルの上にあるのは、
いかがなものかと。
ワタシとしては非常に不快だったと。
お店としてはその、このことをですね、どのようにお考えでしょうか。
というようなメールをもらったんですね。
お店をやっていると、まぁ、この程度のこと別に驚きもしません。
ほんとに実にいろいろなお客さんが居ますから。
トイレに入ったときはおじさんだったのに、出てきたときはおばさんになってたとか、
おじいさんがアイスクリーム食べたら喉が冷たすぎて床に横になってそのまま寝ちゃったとか、
ほんとに実に色々なことの日々ですから、
この程度のこと(軽視してるわけではないですからね)を「信じられない!」、
と眉をひそめたりボクははしません。
それにこういうこと。
オムツを履いた赤ちゃんをテーブルの上に乗せてしまうこと。
そういう信じられない親がいるのよ、
と咎めたような論調でボクが言えば、
「嘘でしょ、信じられない、なんて非常識!!な親なの」
と顔をしかめてくれるヒトたちも、
その子が友達の子供だったりなんかしたら案外、
「可愛い坊やね、イナイイナイ、バア、あら、笑った笑った」、
なんてやったりするんだから。
まぁそのヒトというのはよくわからないものです。
今回の件では、メールをいただいた後、スタッフが謝りに来た。
「申し訳ありませんでした。
ワタシが赤ちゃんを注意しなかったばっかりに、こんなことに・・・」。
ボクはすぐさま、「おまえが悪いよ」と言いました。
「お客さんが不快な思いをしてお帰りになられて、
メールまで書かねばならぬほど不快だったのだから、おまえが悪い」と言い切りました。
ボクは常日頃から、なるべく断定するようにしてるんです。
なんでも言い切る。
つべこべ言わずにやれ。とか、ごちゃごちゃ言うなら辞めろ、とか。
それはこっちにしろ、とか、あれはあっちにしろ。
ボクはバカだが、おまえはもっとバカだとか。
なんでも言い切るようにしてる。
それは実に乱暴なことですよ。
そんなことわかってるんです。
言われた方はガーンとなる。
どんなことでも言い切られたほうは、ぐさりと来る。
言葉の暴力かも知れません。立ち直れないヒトもいるかもしれない。
世の中なんでも白黒ハッキリできるわけではない。
大概のことは濃いグレーか薄いグレーか。
すべてはグラデーションでのなかにある。
文脈によってはそういうことをよくよく言っているのに、
平然とハッキリと白黒、言い切ってしまう。
これはかなり矛盾していますね。
それにはわけがあるんです。
ボクたちは評論家ではない。
少しでも前に歩かないといけない。
立ち止まることはできないんです。
有余というか余白を作ってはいけない。
モモにいくら叱られても、時間泥棒にだまされていると知っていても、
あくせくと早歩きで歩かなくてはいけない。
そういう決められた時間で一定の距離を進むためには、
言い切るしかないことが多いんです。
けどね。
鏡のような水面に大きな石を落とせば、
そこを中心にいくつもの波紋が広がっていく。
その波紋。
その波紋にこそ意味があるんです。
その波紋から、バイブレーションが生まれる。
ボクがこれでいく。と言い切る。
いやだと言うヒトが出てくる。
いやだと言う顔をするヒトが出てくる。
インじゃないという顔のヒトがいる。
よくわからないという顔をするヒトがいる。
だったらこれにする、とまた言い切ってみる。
すると、また波紋が出てくる。
そういう繰り返しで、なんとなく同じバイブレーションの輪というか和ができてくる。
この波紋を面白いと思わなければ、
苦痛と思ってしまったら、マメヒコはどうしようもない。
きちんと言い切って波紋を起こした方が起こさないよりいい。
言い切るのは波紋を起こすためであり、
起きた波紋はグレーに水面の乱反射を変えていく。
その乱反射こそがマメヒコなんだとそう思っているのです。
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